小林私の“鱗角”に触れる

小林私の“鱗角”に触れる
外からは中の様子が一切見えず、看板とメニューだけが出ていて、気になるんだけどなかなか入る勇気が出なくて。
でも出てくるお客さんは皆えらく感激している様子で。
はたまた大衆居酒屋の装いでモダンフレンチの一皿を食したような。
俯瞰して見れば確かにそこにあるのに、近づくとふっと消えてしまうような。
そんな有形無形の音楽を「人間の営み」に昇華して、消化する無二のシンガー小林私

初のアニメタイアップソングとしてTVアニメ『ラグナクリムゾン』EDテーマに書き下ろした新曲“鱗角”は、世界観や構成、歌詞、アレンジに至るまで、原作の世界観をえぐり取ったようにびっちりとチューニングされている。
全編を静かに、かつ力強く彩るオーケストレーションとアコギ弾き語りで心情を歌い上げる小林私の持ち味が緻密に掛け算されていて、ドラマや映画、アニメで数多くの劇伴を手掛ける音楽家・横山克による編曲の手腕も見事だ。

8分の6拍子で刻まれるサウンドに浴びせかけるように繰り出される歌詞と一部の構成が、アニメで使用されているバージョンとリリースされたバージョンでは異なっていたりと、小林私の「アニメ愛」もひしひしと感じることができて、早くも次のタイアップも期待してしまうほど。


タイトルには竜と人間による熾烈な争いを描く原作を想起させる「鱗」と「角」という言葉が使われていて、楽曲終盤でも《鋭い爪や、傷に触れる鱗や角が、誰にも届かぬように》と作中の主人公に思いを重ね合わせることができるフレーズが飛び出すが、序盤で《洗いざらした輪郭に触れ、触れる》と「輪郭」という言葉でも表される。
輪郭、つまりアウトラインという考え方は6月にリリースされたメジャー1stアルバム『象形に裁つ』とも地続きのものを感じるし、物事の輪郭、側面を独自の視点で捉えて肉付けする彼の楽曲は絵画のようで聴くたびに姿を変えて、上述したように掴みどころがないのだが、今作ではしっかりとその輪郭に触れることはできるほどにポップスの要素も感じさせる。


自らアコギを片手に弾き語るMVでは、鏡越しだったり俯瞰だったり寄りだったりといくつもの視点で歌う姿を描いているのだが、終始横顔ばかりで最後まで正面から歌っている姿を映し出すことはなかった。
《輪郭》に触れることはできても、「小林私」そのものを正面から捉えることができないように。(橋本創)


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