レディオヘッド、最新アルバム『A Moon Shaped Pool』最速レヴュー! 全曲解説


レディオヘッドの5年ぶり、9作目のオリジナル・アルバム『A Moon Shaped Pool』がついにリリースされた。何度も聴き返すにつれてどんどん印象は変わっていくかもしれないけれど、ここでは本作がレディオヘッドの直近10年での最高傑作だと感じた、そのファースト・インプレッションを書き残しておくことにする。

『A Moon Shaped Pool』を一周聴いてまず何より強く感じるのは、『キッドA』以降のレディオヘッドの作品の中で、ここまでリスナーの心身に肉薄していく感覚を持つアルバムは初めてだ、ということ。前作『ザ・キング・オブ・リムス』の全てがスムーズに流れゆく流線型のサウンド、どこか高みで鳴っていたそれとは明らかに異なるし、一音一音が馴染み深いとか、自分の呼吸や鼓動とさほど遠くない音が鳴っていると感じるアルバムなのだ。ギター・サウンド、バンド・サウンドの復活も含めて、ロック・アルバムのアプローチの復活がその要因だという捉え方もできるし、いや、もっと別の理由があるのかもしれない。

冒頭を飾るのは先行公開された“Burn The Witch”と“Daydreaming”だ。“Burn The Witch”について、数日前のレビューで「アルバムを象徴するだろうシングルらしいシングル」だという感想を記したが、アルバムのオープニングの号令として本曲を聴くと、その印象は改めて強まっていく。シングルらしいし、オープニングらしい、鉄板の一曲なのだ。さらに言えば最後の“True Love Waits”も非常にラスト・ナンバーらしい楽曲だ。こんなにも美しい幕切れ、「最期」を演出する曲は、『イン・レインボウズ』(2007)の“Videotape”以来じゃないだろうか。

そんなパーフェクトな幕開けから続く“Decks Dark”〜“Ful Stop”の3曲は、前述した『A Moon Shaped Pool』の「肉薄」感をヴィヴィッドに伝える流れだ。ピアノ・リフの硬質&冷ややかなテンションが、ギターとドラムスの肉感的&高熱のうねりへと移り変わっていく“Decks Dark”にしろ、ブルース・ギターのフィンガー・ピッキングも最高な“Desert Island Disk”にしろ、ジョニーとエドの火花散るギター・セッションというか対決に興奮させられるし、そんなふたりの間に鋭く叩き込まれるフィルのドラムスも負けてはいない。彼らがジャムっている様子がまるで目の前に浮かぶような、まさにバンド・サウンドなのだ。そう、トムの突出した声と存在がいったん他の4人と並列の位置まで引っ込んだようにも聴こえるそれは、レディオヘッドのバンド・サウンドが取り戻され、アップデートされていく過程そのものだ。5年のブランクの間に各自のソロを突き詰めてきた5人が、再び「レディオヘッドとして」ひとつとなり、唯一の共通目的に向かって舵取っていく、そんなファンにとっても嬉しい光景がここにはある。

“Ful Stop”は2012年のツアーで既にプレイされていたナンバーで、このアルバムの中盤のハイライトと言ってもいいだろう。DNAの二重螺旋構造を滑り落ちるようなアンサンブルが猛烈にドラマティックで、たとえば“Jigsaw Falling Into Place”を彷彿させるナンバーでもある。そう、本作には時々『イン・レインボウズ』を思い出させる瞬間がある。ただ“Jigsaw Falling Into Place”とこの“Ful Stop”の差は、この曲には回転しながらきつく締め上げていくバンド・サウンドの真ん中に、依然として柔らかい核、曖昧で、茫洋としたアンビエント、エレクトロが存在し続けていることだろう。

“Glass Eyes”は再び前面に戻ってきたトムの声とストリングスの競演が本当に美しく、映画のサントラのような映像喚起力を持つナンバー。続く“Identikit”は随所に遊び心のあるフックが仕掛けられていて、輪唱するコーラスといい、どこかオリエンタルで80Sニューウェイヴ調な中盤のメロディ(一瞬YMOみたいな瞬間も)といい、五月雨調にかき鳴らされるギター、奇妙に捻れまくっていくアウトロもギター・ソロもユニークだ。

ちなみに“Identikit”は前述の“Ful Stop”同様に2012年のツアーで既出のナンバー。本作にはこの他にも楽曲の由来についていくつか特筆すべき点がある。まずは何と言ってもラスト・ナンバーの“True Love Waits”。事前に噂されていた“Lift”(1996年作)は結局収録されなかったが、この“True Love Waits”も同じくらい古いナンバーで、『ザ・ベンズ』のツアーで既にプレイされていたと記憶している。なお、過去にはライヴ・レコーディング・ヴァージョンが2001年のEP『アイ・マイト・ビー・ロング』に収録されている。一方、"Desert Island Disk"と“The Numbers”は昨年12月にトムがパリでのソロ・ライヴで披露し、レディオヘッドの新曲として話題を呼んでいたナンバー。"Present Tense"は2008年頃には既にトムがライヴでプレイしていた、さらに古い楽曲だ。正確には彼らに訊いてみないと分からないが、つまり『A Moon Shaped Pool』にはここ1年のセッションで本作のために制作された新曲ではない過去曲が、少なくとも4曲ほど収録されているということになる。

“The Numbers”をトムのパリ公演の映像で確認した際は、粗いブルース・ギターで聴かせる曲という印象だったが、このレコーディング・ヴァージョンで凄いのは、前半の呪文的ジャズ・ブルースのループから一転、一気にオーケストラがフル参戦してくる後半のスペクタクルだ。本作のオーケストラの功労者はもちろんジョニーだが、“The Numbers”のそれはポール・トーマス・アンダーソンのサントラ仕事でみせた異形のクラシックではなく、むしろBBC交響楽団のレジデント・コンポーザーとしてのジョニーの正当派クラシックの力量が遺憾なく発揮されたものになっている。そんなオーケストラに負けじと声張り上げる(まさに張り上げる、って感じなのが新鮮)トムのヴォーカルの力強さ、生々しさも特筆に値するだろう。

近年のレディオヘッドにしては珍しいフォーキー&ポリフォニーなメロディとコーラスが耳を惹く“Present Tense”、そして“Tinker Tailor Soldier Sailor Rich Man Poor Man Beggar Man Thief”は、ジョン・ル・カレのスパイ小説『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』からタイトルを採ったと思しきナンバー。ちなみに同小説は映画化(邦題『裏切りのサーカス』)もされ、英国で大ヒットを記録している。出だしはいかにも由緒正しきポスト『キッド A』のエレクトロであり、メランコリィであるという感じだが、この曲もまた“The Numbers”同様に最後はストリングスと共にドラマティックに昇華されていく。“Ful Stop”でも書いたように、本作では『キッドA』以降のエレクトロ、アンビエントのマナーは依然尊重されている。しかし同時に、そのエレクトロのミニマリズム、抽象性をとことんヴィヴィッドに、具現的に描き直していくことも厭わない、良い意味での乱暴さ、大胆さもあるのだ。

そして、ついにラストの“True Love Waits”に辿り着く。トムのヴォーカルは20年近く前に聴いたそれとほぼ印象は変わらないが、この悲恋の歌の哀しみに深い抑揚、赦しと癒しのニュアンスを与えていくピアノのアレンジは、20年後の彼らだからこそ鳴らし得たものだろう。そんな“True Love Waits”の余韻を暫し味わいつつも、一方には早くもう一度プレイボタンを押したくて仕方がない自分がいる。こうして何度も何度も『A Moon Shaped Pool』をリピートしながら夏を、サマソニを待つことができるなんて、なんて幸せな時間だろう!!(粉川しの)