宇多田ヒカル出演『Love music』を観た。そして『Fantôme』という作品を再考する
2016.10.01 17:00
9月30日の夜11時30分から放送された、フジテレビ系『Love music 特別編 宇多田ヒカル〜ライナーノーツ〜』を観た。森高千里と渡部建をMCに、コメントゲストとして長澤まさみ、ハナレグミ、コムアイ(水曜日のカンパネラ)、クリス・ペプラーらが思い入れを込めて宇多田ヒカル作品を語り、あるいは質問を投げかける。その映像コメントに対して、宇多田ヒカルが回答してゆくといった内容だ。
ハナレグミやコムアイのコメントに対しては、とりわけミュージシャン視点での作品への取り組みや、音と言葉の扱いについての強いこだわりが語られる。また、クリス・ペプラーも今の宇多田作品における和の風情について言及し、興味深い話を引き出していた。それぞれの対話がとても面白かったのだが、とりわけ鋭い視点で驚かせてくれたのが、長澤まさみだ。
長澤:「お子さんができて、心境の変化があって。これから楽曲を作っていくときに、どういうものを作りたいとか、どういう人と一緒に歌いたいとか、欲望の変化があったのかなっていうのを、訊きたいです」
宇多田:「何が一番変わったかというと、ずっとひとりで作る方なんで、制作チームにも、密室系アーティストって言われるような(笑)。コラボレーションも少なかったですし、ミュージシャンと一緒に現場でやりとりしながら作っていくっていうのも苦手で。子供ができると、ひとりの時間とかなくなっちゃうんですよね。私にとってはそれがすごくいいことで。ドアがちょっと開いたんですよね。音楽的にも、今回のアルバムでいうと、ミュージシャンとの作業が、生楽器が増えましたね。人と一緒に作っていくというのは、これからもっとやりたいです。うん」
後のクリス・ペプラーとのやりとりでは、音楽活動の長い休止や母の死、出産という経験が新作『Fantôme』にもたらしたものについて「セラピー的な部分もありました。すごく特別なアルバムになりました。ほんとこんなのもう、作れないと思います」と宇多田は語っていたが、『Fantôme』という作品は、幾つもの重要な経験を経てきた今日の宇多田ヒカル自身を映し出している。宇多田ヒカルにしか作れない、そんな彼女でさえ二度と作れないというアルバムなのだ。
母親との、一筋縄には語りきれない距離感を叫ぶように歌ったジョン・レノンやエミネム。自分自身の命の終末に向き合って傑作『ブラックスター』を生み出したデヴィッド・ボウイ。人の心を震えさせるポップな表現とは、当たり障りのない平均化された思いではなく、シリアスな経験に向き合った個人の思いに他ならない。『Fantôme』は、まさにそういう作品なのだと思う。
今回の放送の最後に語られた、新たなライブ活動への意気込みにも、とてもワクワクさせられた。なお、すでにニュースで報じられているとおり(http://ro69.jp/news/detail/149276)、今回の『Love music 特別編 宇多田ヒカル〜ライナーノーツ〜』は、約2倍の60分拡大版として、11月12日にあらためて放送される予定だ。(小池宏和)