今年は、ピンク・フロイドが『夜明けの口笛吹き』(1967年)でデビューしてから55周年。その記念プロジェクト第1弾として、1994年のラスト・ツアーを収録した映像大作『驚異』が初めてBlu-ray 2枚組でリリースされる。
かつてライブCD発売時に話題となった赤いLEDライトが点滅する「“P・U・L・S・E”シグナル付パッケージ」が蘇った超レアな限定復刻。しかもマスターテープからレストア(修復)とリエディット(再編集)が施され、随所に異なるアングルの蔵出し映像がインサートされるなど、以前のDVD版から進化した新しいコンテンツに生まれ変わっている。
ディスク1は、当時“THE GREATEST SHOW ON EARTH”と絶賛されたワールド・ツアーからロンドン公演での全22曲。そのハイライトは、あの究極傑作『狂気』の完全再現だ。またディスク2には稀少なリハーサル映像や、デザイン集団ヒプノシスがライブ用に制作したオリジナル映像、ステージ・セット製作に結集したスタッフたちの証言集など貴重コンテンツが網羅されている。
この超鮮明化された映像と臨場感あふれるサウンドを前にすると、30年近くを経た今でも、他に比べようがない完成度の複合空間アートが立ち現れる。
ステージには半円形の巨大ドーム・セットが組まれ、会場全体にはコンピュータ制御のバリライト・システムが張り巡らされている。そして、有機生命体と化したレーザー・ビームのダンスと大円形スクリーンのアート性豊かな映像が交錯すると、空間全体はスーパーノバが爆発する宇宙空間となり、半円形ドームは痙攣する巨大な瞳孔と化したり、不気味な閃光を放つ脳ニューロンのネットワークと化したりもする。これは、人の心に潜む狂気を擬似体験してしまう異次元のエンターテインメントなのだ。
ロック史を通じて多くのカリスマたちがスタジアム・ライブを拡張させてきたが、フロイドが本質的に異なるのは、ライト・ショーなどの視覚エフェクトを、音楽を盛り上げるための単なる演出ツールではなく、「ピンク・フロイドの表現そのものを3次元的に進化させる装置」として使いこなしたことだ。この映像作品は、そんな彼らの絶対性を証明した一大モニュメントに他ならない。 (茂木信介)
ピンク・フロイドの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』3月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。