夏から秋へ――ボン・イヴェール『22、ア・ミリオン』から『アイ、アイ』への歩みを振り返る

夏から秋へ――ボン・イヴェール『22、ア・ミリオン』から『アイ、アイ』への歩みを振り返る

ボン・イヴェールの素晴らしいアルバム『アイ、アイ』はもう聴いただろうか。いまから10年ほど前、ウィスコンシンの田舎からふと姿を現した無名の青年ジャスティン・ヴァーノンは、自身の音楽の才能と情熱を余すことなく振りしぼり、新たなコミュニティを作り上げていった。現在のボン・イヴェールはソロ・プロジェクトでもバンドでもなく、音楽的な共同体に他ならない。その成果が『アイ、アイ』であり、そこにはたくさんの「人びと」の力と想いが詰まっている。

ここでは『アイ、アイ』の内容ではなく、あえて2016年リリースの前作『22、ア・ミリオン』から『アイ、アイ』へと至るまでのヴァーノンの活動から重要だと思われるものをいくつかピックアップしたい。2つの傑作の間にも、彼はただ自分の理想を追求していた。『アイ、アイ』を紐解く補助線になれば幸いだ。

「人びと」という名のフェスティバル、そしてコレクティブ


ヴァーノンは2015年から地元のウィスコンシンで「Eaux Claires」(オー・クレア)という名のフェスティバルをザ・ナショナルのアーロン・デスナーとともに主宰している。それは彼のインディ・ロックのネットワークだけでなく、ジョン・プラインやブルース・ホーンズビーといった大御所、チャンス・ザ・ラッパーらラップ、エレクトロニック・ミュージック、エクスペリメンタルなど多彩な世代やジャンルの音楽をカバーするもので、明らかに彼はそこで有機的なネットワークを作り上げようとしていた。

2016年、『22、ア・ミリオン』のリリースのタイミングでベルリンで行ったフェスティバルには80を超えるアーティストを招聘し、「PEOPLE」という名前をつける。それは「Eaux Claires」に比べてもさらにDIY度の高いもので、数多くのコラボレーションや実験的な試みが行われた。観客をひとり「誘拐」して、ヴァーノンと1対1で向き合って歌を聴かせるなど、ファンが聞いたら羨ましすぎて卒倒するようなこともあった。


「Eaux Claire」とこの「PEOPLE」の経験が基となり、ヴァーノンとデスナーはアート・コレクティブを結成する。様々なアーティストが名を連ね、互いに協力し合いながら作品を発表するプラットフォーム。それは、現在の音楽が表現できる民主主義のあり方だ。『アイ、アイ』には「PEOPLE」に所属しているアーティストが多数参加している。

『22、ア・ミリオン』から『アイ、アイ』を繋ぐミッシング・リンク、ビッグ・レッド・マシーン


その「PEOPLE」から結成されたのがビッグ・レッド・マシーンだ。中心となったのはやはりジャスティン・ヴァーノンとアーロン・デスナー。が、当然「PEOPLE」のメンバーが多数参加している。セルフ・タイトルのアルバムはボン・イヴェールの『22、ア・ミリオン』とザ・ナショナル『スリープ・ウェル・ビースト』(2017年)からの連続性を強く感じるもので、アコースティックとエレクトロニックが複雑に共存し、抽象的なビートやプロダクションが施され、その上で強いメロディや美しいコーラスが聴こえてくる。あくまでサイド・プロジェクトである印象は拭えない部分もあるが、現在のヴァーノンが何を目指しているかがよく伝わってくるものだ。多くの人間がそれぞれのアイデンティティを持ちながら、それぞれの音を奏で、同じ場所に立つということ。見落とされがちだが、この機会に再訪してほしい一作だ。


ダンス・グループ、TU Danceとのコラボレーション


もうひとつ注目したいのが、ミネソタを拠点とするコンテンポラリー・ダンス・グループ、TU Danceと共演したステージだ。ざっと調べる限り、10人ほどのメンバーを持つインディペンデントなグループのようだ。「Eaux Claires」では様々なアート作品の展示もあったが、ここでは自らはっきりと他形態のアートと共作したというわけだ。このステージではのちに『アイ、アイ』に収録される楽曲が発展中のアレンジで披露されていたそうだが、それは内省的な部分が多かったボン・イヴェールの音楽によりダイレクトな身体性を与える試みだったと言える。多様な肉体を持ったダンサーたちの舞いは、ヴァーノンの歌と重なるとき、どうしようもなくエモーショナルに躍動する。


この経験はボン・イヴェールにとっても大きかったのだろう、TU Danceのダンサーたちはのちの『アイ、アイ』収録曲のリリック・ビデオに登場している。彼らの踊りも間違いなく作品の一部なのだ。



たとえばエミネム『カミカゼ』への参加(と、歌詞に同性愛嫌悪が見られたことに対する苦言)や、『クリード 炎の宿敵』のサウンドトラックの参加といったメインストリームでの活躍にも大きな注目が集まったが、しかし僕はやはりインディペンデントのネットワークにおける活動がボン・イヴェールの肝だと思う。かつてグラミー賞のスピーチでヴァーノンは、「僕は、この会場の外にいる才能のある人たちを知っています」と語っていた。ボン・イヴェールの歩みは、その「外にいる人たち」の才能を信じ抜き、ともにアートを作り上げることだった。

すでにアナウンスされている通り、孤独のなかで作り上げた『フォー・エマ・フォー エヴァー・アゴー』が冬のアルバムで、新たな旅立ちを躍動感とともに宣言した『ボン・イヴェール』が春のアルバムだったとしたら、『22、ア・ミリオン』は夏、『アイ、アイ』は秋のアルバムだという。『22、ア・ミリオン』で彼が高らかに掲げた情熱が、『アイ、アイ』ではたしかに成熟している。その間には、たしかな信念と力強い足取りで踏み固められた道があったのである。(木津毅)
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