失われゆくものの証言者として

ボブ・ディラン『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』
発売中
ALBUM
ボブ・ディラン シャドウズ・イン・ザ・ナイト
昨年の5月にフランク・シナトラの“寂しい私(Full Moon and Empty Arms)”のカヴァー音源をネットで公開したボブ・ディランだが、その新作の全貌がようやく明らかになった。蓋を開けてみるとこれが全曲フランク・シナトラのカヴァーである。基本的にフランクにはごくわずかしか自作曲はないので、すべてスタンダード曲で、特にフランクのレパートリーとして有名なものの中からボブ自ら選んだという内容になっている。では、なぜフランクなのか。それはボブがそのキャリアを通してインスピレーションとしてきたカントリー・ブルースやフォーク、R&Bやロックンロールの前史として存在していた音楽を体現するのがフランクの作品だからだ。少年時代のボブはきっとラジオでブルースやフォークと出会って衝撃を受け、その後、そうした音楽を探してやまなかったのだろうが、ロックンロールの台頭以前のボブのラジオや音楽の体験と記憶はきっと今回の作品に代表されるもので、気分としてボブはそこからインスピレーションを得たのだろう。音の情感としては06年の『モダン・タイムズ』で聴かせた肌合いに近く、もはや失われた音の作法や情緒をボブはここで伝えているのだ。では、なぜ今それをやるのか。それはノスタルジアなどではなく、単純にボブはそれを知っていてそれが自身の一部となっていて、ほかの大多数の人たちの間では失われているからだ。オーケストレーションをスチール・ギターで再現する演奏は素晴らしく、『ナッシュヴィル・スカイライン』以来かというボブの伸びのある歌も染み入るようで最高によい。(高見展)
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする
音楽WEBメディア rockin’on.com
邦楽誌 ROCKIN’ON JAPAN
洋楽誌 rockin’on