最も再評価が待たれる音源集

デヴィッド・ボウイ『ラヴィング・ジ・エイリアン [1983-1988]』
2018年12月12日発売
BOX SET
デヴィッド・ボウイ ラヴィング・ジ・エイリアン [1983-1988]

デヴィッド・ボウイのいわゆる『レッツ・ダンス』期のボックス・セット・コンピレーション。この時期の作品は彼を初期から追ってきているファンからの評価はたいてい低いのだが、デヴィッドとブラック・ミュージックの関わりを考えていくと、とても面白い時期だし、それに伴って考えさせられることも多いのだ。そして、やっぱりなんだかんだいって楽曲が良い。それを痛感させられるコンピレーションになっているし、ライブ音源がなんといっても素晴らしい魅力なのだ。少なくとも、デヴィッドの作品のセールスとツアーの興行成績がピークに達したタイミングでもあるので、その内実について再検証することができる、あまりにも素晴らしい音源集なのだ。

もともとなぜデヴィッドは『レッツ・ダンス』のファンク路線を打ち出すことになったのか。前作『スケアリー・モンスターズ』制作時にはそれまでのコカイン依存症を完全に乗り越えることに成功し、ニューヨークでの活動やレコーディングに復帰することもかない、その際にナイル・ロジャースとの親交を深める機会にも恵まれ、新作でのコラボレーションを思い立ったのだ。そもそもデヴィッドはファンクを自分の表現にいち早く導入したロック・アーティストだったし、この時はファンクと自分の表現の異種交配的な実験を構想してこのアルバムを制作したのだ。実際、このアルバムの収録曲はどれも聴きやすい一方、相当に不気味な構成やアレンジもまた特徴的で、それこそがこの作品における試みだったのだ。ただ、思ってもみなかったほどにこの音が受け入れられ、結局デヴィッドにとって最大のヒット作品となってしまったのだ。

今回のボックスにはその成功の波の中で敢行されたシリアス・ムーンライト・ツアーのライブ音源も収録されていて、これがまた強力。キャリアのピークにおける最強の演目となっていて、特に“ステイション・トゥ・ステイション”から終盤へのたたみかけていく演奏では、しびれるような展開を堪能できる。

その一方で『トゥナイト』は『レッツ・ダンス』のサウンドを維持しつつも、同作のような具体的な構想もないままアルバム制作だけが目的化してしまったもの。そのため、イギー・ポップの楽曲群のカバーのほか、ビーチ・ボーイズの“神のみぞ知る”やチャック・ジャクソンの“アイ・キープ・フォーゲッティン”のカバーなども収録されている。ただ“ラヴィング・ジ・エイリアン”は極めてデヴィッド的で、宗教対立と中東紛争のありさまを「祈りの欺瞞」として歌い上げる名曲。この時期のデヴィッドの曲で最も過小評価されている作品だし、今回のタイトルになっているのも、まさに今これを聴けということだろう。

サウンドはヒュー・パジャムらに丸投げしたもので、『レッツ・ダンス』でも生粋のR&Bのプロデュース手順を踏みたいとナイル・ロジャースに任せていたわけだが、『トゥナイト』ではむしろ作業工程の迅速化という意味合いが強かったはずだ。この時のデヴィッドにもっと経験値があれば“ラヴィング・ジ・エイリアン”は“★(ブラックスター)”のようなイメージに近づけられたのかもしれない。この時期でそんな試みとして最も成功していたのは、パット・メセニーとライル・メイズとのコラボによるサントラ曲“ディス・イズ・ノット・アメリカ”だ。

一転してよりロック的なアプローチへの回帰という試みに走ったのが『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』だが、完全に浮ついたサウンドになってしまい、その後「最大の失敗作」とも発言するに至っている。しかし“ネヴァー・レット・ミー・ダウン”など粒の立った曲も多く、これもまた捨てきれないアルバムだ。

プロデューサーはクイーンのお抱えだったデヴィッド・リチャーズで、彼に丸投げしたのがそもそもの失敗だったのではないか。曲がよく出来ていただけに相当に心残りだったのか、デヴィッドは生前に一部のレコーディングとミックスのやり直しを試みていて、その遺志を継いで彼の作品にエンジニアとして関わってきたマリオ・J・マクナルティやティン・マシーンのリーヴス・ガブレルスらが今回新たな音源も用意し、ミックスし直したのがこのボックス・セット限定収録の『ネヴァー・レット・ミー・ダウン(2018 ミックス)』になる。ロックへの発展的回帰を意図したはずのこのアルバムの真意を、イマジネーション豊かに捉え直した果敢な音に仕上がっている。また、同様にロック回帰となったグラス・スパイダー・ツアーのライブ音源もまた、この新音源を聴くことで、より明確にその意図が伝わるものになっている。この時期の再評価への機運満載の秀逸な音源集だ。(高見展)





『ラヴィング・ジ・エイリアン [1983-1988]』の詳細はWarner Music Japanの公式サイトよりご確認ください。

デヴィッド・ボウイ『ラヴィング・ジ・エイリアン [1983-1988]』のディスク・レビューは現在発売中の「ロッキング・オン」11月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。

デヴィッド・ボウイ ラヴィング・ジ・エイリアン [1983-1988] - 『rockin'on』2018年11月号『rockin'on』2018年11月号
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