カオスを遊べ

ゴリラズ『ソング・マシーン:シーズン1−ストレンジ・タイムズ』
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ゴリラズ ソング・マシーン:シーズン1−ストレンジ・タイムズ

『ディーモン・デイズ』以降、ゴリラズのアルバムは基本的に豪華ゲスト陣とのコラボレーションで作られてきた。だから全曲フィーチャリング有りの本作もまた、ガワだけ見ればいつものゴリラズ作だ。しかし、実際には未だかつてないプロセスで作られたユニークなアルバムとなっている。「ソング・マシーン」プロジェクトとして制作された本作は、1曲ごとに個別レコーディングされ、各ナンバーはTVドラマ風に「エピソード」と呼称されている。MVと共に9曲も立て続けにシングル・カットされたのも、本作が『ストレンジ・タイムズ』と題された連続ドラマだと考えれば納得がいくだろう。

『ヒューマンズ』と比較するとずっと活気に満ちたポップ作であり、『ザ・ナウ・ナウ』と比較するとずっと雑多でとっ散らかっている。レコーディング時期やテーマがバラバラである本作はコンピレーション、ミックステープ的なアルバムであり、多数のゲストの多様性をそのまま反映したそれを「純粋なカオスの上で突っ走っている」と彼ら自身が評したように、1話完結のシュールなドラマ・シリーズのような作品なのだ。

しかし、そこで予想外のことが起こった。アルバムの定型に囚われず、カオスの上で突っ走っていた彼らと時期を同じくして、世の中そのものがカオスに突入してしまったのだ。今年1月から本作の「エピソード」の公開を始めたゴリラズは、まさか世界的パンデミックによって非常事態に突入するとは思っていなかっただろうし、ブラック・ライブズ・マターがここまで大きなプロテストに発展することも想定していなかっただろう。「意味」から自由になるためにカオスを選んだ本作は、そのカオス故に偶然にも時代の意味性を帯びることになったし、ほんの少し先の未来も見通せなくなった現在の私たちにとって、デーモン・アルバーンですら行き先を知らないソング・マシーン・プロジェクトのデラシネ性は、むしろ感覚としてしっくり馴染むはずだ。

冒頭を飾るのは切迫感に満ちたゴス&シンセ・トラックに乗せ、ロバート・スミスが《生きるには奇妙な時代だ》と歌う“ストレンジ・タイムズ”。まさに時代を投射したナンバーで、ロバート・スミスの顔がジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』みたいなことになっている、悪夢的サイファイMVも最高だった。ただしその憂鬱は断片的で、アルバム全体に及ぶことはない。ベックとデーモンの意外にも初コラボとなる“ザ・ヴァリー・オブ・ザ・ペイガンズ”は、ファンキーなシンセも楽しいニュー・ウェーブ・ポップ。ピーター・フックとジョージアがタッグを組んだ“エリーズ”も素晴らしい。ワンフレーズでフッキーのそれとわかるベース・ラインが誘うニュー・オーダーの世界をジョージアが愛と尊敬をもってアップデートしていく温故知新のお手本のようなコラボで、両者を引き合わせたデーモン、GJ!としか言いようがない。セイント・ヴィンセントやジョーン・アズ・ポリス・ウーマンの曲は、ゴリラズ云々以前に彼女たちの曲として極めてハイ・クオリティ。デーモンがそのずば抜けたクロスオーバーのセンスをゴリラズのためではなく、コラボレーターのために使っていると感じるのが本作の特徴だ。ゴリラズの1stから20周年の節目を記念した作品でもある本アルバムを、大仰な集大成作として固めにいくのではなく、広く「遊び場」として開放したあたりもゴリラズらしいマインドだと思う。

恒例のレジェンド枠ではエルトン・ジョンが朗々と歌い上げる“ザ・ピンク・ファントム”の存在が際立っている。この曲の歌詞の中の《俺はどうやら夢の中、夏が引く線を超えられないんだ》という一節には、どうしてもステイ・ホームで終わった今年の夏を思わずにはいられない。一方の“パックマン”はパンデミックの最中にレコーディングされたフューチャリスティックなアフロ・ファンク・チューン。スクールボーイ・Qが「ムショに辿り着く前に頭ぶち抜かれて死ぬ」と畳み掛け、BLMの怒りの炎を点す硬派な一曲だ。一方の“モメンタリー・ブリース”は、スロウタイとスレイヴスという物騒なメンツのわりにチャーミングなスカ・パンクを聞かせている。そして最後は、今年4月に亡くなったトニー・アレンにオマージュを捧げた“ハウ・ファー?”。冒頭のアレンの笑い声、「みんな立ち上がれ、頭を使うんだ」と語りかける声に、デーモンの深い哀悼と思慕が込められている。

ちなみに彼らは今回のプロジェクトを「アイデアが尽きるまで続ける」としており、すでにシーズン2が決定している。また、2021年は久々のツアー・イヤーになる予定だ。予定は未定、全てはコロナ次第だが、その逆境もまたゴリラズを走らせる原動力となるはずだ。(粉川しの)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
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ゴリラズ ソング・マシーン:シーズン1−ストレンジ・タイムズ - 『rockin'on』2020年12月号『rockin'on』2020年12月号
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