「肯定」を鳴らす進化作
『わたしが愛すべきわたしへ』インタヴュー
(インタヴュー:小栁大輔/撮影:上山陽介)
BiSのプロデューサーである松隈ケンタが手掛けた爆裂アレンジと、痛みと傷、生きることの苦しみを赤裸々に吐き出す歌詞世界で、コアな支持を集めてきた蟲ふるう夜に。筆者も、ライヴに通い、メンバーと話をするたびに、その逃げ場のない描写に対する興味は増し、ブログなどで強く推薦してきたひとりだ。そして、そんな彼らが今年6月4日(蟲の日)に発売した最新ミニアルバム『わたしが愛すべきわたしへ』は、あらためて全方位にレコメンドしてまわりたい、素晴らしい作品だ。本作で、彼らが作品に込めてきた「共感」のかたちはガラリと変わった。
《そのカタチは 変わってくから/その顔さえ 変わってくから/そう劣等感を抱く事/ヒトが上手に僕を決める事/愛してるんだよ 不安定な自分》(“わたしが愛すべきわたしへ”)
痛みを痛みとして吐き出すのではなく、痛みとは自分が前に進むためのある種の糧として引き受けていくものだという「肯定」が鳴っている。「鳴らせるようになった」という言い方が正確なのだろう。
この新たなアプローチは、肯定と受容を目指したメッセージとなり、さらなるポピュラリティを獲得していく手応えがある。
RO69初のインタヴュー。作詞作曲の要であるVo蟻に、本作が生まれた経緯、その変化の真相をじっくり語ってもらった。
私の中でほんとたぶんずーっと、何年経っても、この作品で自分は変わったって言えるものになったなあって思ってて
――ほんとにすばらしい作品で。実際どうですか?
「私の中でほんとたぶんずーっと、何年経っても、この作品で自分は変わったって言えるものになったなあって思ってて。大事なものになると思うんですよね」
――歌詞も完成前に一回見させてもらったんだよね、じつはね。
「そうでしたよね。曲がすごい好きで、だけどそれを超えるメッセージっていうか、それがなかなか出てこなくて、一回その状態で聴いてもらったと思うんですよね。で、何が言いたいんだ?と」
――そう言ったような気がする。
「未完成とか不安定とか言ってる場合じゃないだろう、みたいなこと言ってもらえて。(2014年1月1日にリリースされた配信限定シングル)“ホウセキミライ”であなたは前に進むって決めたんだよねって、でも後戻りしてるじゃんって。ほんとにそうだなと思って……もう、結構そこからもがきにもがいて絞り出したって感じです」
――なるほどね、でもさ、あったんだと思うんだよね、もうすでに自分の中に、この歌詞とかこの世界観っていうのは。ただそれをうまく出せなかったんだよね。
「そうですね」
――いざこの曲を出したときに、引き受けなきゃいけないものの大きさみたいなことにも、ちょっとビビってる感じはあったしね。
「たぶん想像が明確にできなかったんでしょうね。今まで使ってきた武器だったらすぐに取り出せるから、そこでまた戦おうとしちゃってて……でも、いや、もう新しい武器があることに気づいてんでしょ?みたいなふうに言ってもらえた気がして。ああ、そうだ、もう前に進まなきゃって思いました」
――今まではやっぱり、蟲ふるう夜にっていうバンドはカラーもハッキリしているし、世界観もハッキリ作ってきたし、それこそ「中二病バンド」っていう触れ込みがほんとにすごく象徴的だけれども……ある種のマイノリティに向けたマイノリティからの、同じ立場からの言葉っていう、そういう共感の装置があって。
「そうですね」
――それはそれで成立していたし、それを求められている面もあったんだけども、やっぱりどこからか、それだけじゃないんだよなあと思ったわけだよね。
「はい。でも、言葉にするまでが大変じゃないですか、ちょっとずつ変わってる自分を……。“わたしが愛すべきわたしへ”は、もうどんどん曲ができていく中で、歌詞だけが置いてけぼりにされてて。ノートにいろんな言葉を出していくんですけど、なんかこう、自分じゃないみたいな……。で、あ、私、他人のレールの上で戦ってるって、あるときに気づいて。人が求めてる自分、その中で最高のもの作ろうって考えになっちゃってたんですよね。自分が救いたい人、自分に救われたい人がいるのに、他人のレールの上で何ができるっていうの?って思って。そこでノート1ページに『愛すべきわたしへ』って書いたんですよ。それを見ながら歌詞書いてって……で、“わたしが愛すべきわたしへ”の大元になるメッセージができて。最終的にこのアルバムのタイトルどうしよう?って思ったときに、その『愛すべきわたしへ』がすごい輝いて見えたんですね、それでタイトルにしたんですけど」
――なるほどね、今まではさ、こんなタイトル当然付けられなかったわけで。
「そうですね」
――でも、付けてみるともうこれ以外ないわけじゃない。
「ほんとに。愛っていう言葉がもうくすぐったいし、違和感だし。ピンクのジャケットで、顔面ドカーンって出して、『愛すべき』とか言って。もうほんとに自分でもビックリしましたけど」
――蟲っていうバンドを始めたときから、ここに来なきゃいけないっていうのは、どっかでわかってたんじゃないかなっていう。それは考え過ぎかな? どうなんだろう?
「いやあ、たぶん持ってたんでしょうね。でも気づくか気づかないかがすごい大きな分かれ道で、気づけないバンドもたぶんたくさんいて……ある作品を聴いたのがきっかけになっていて。同じ底なし沼で、その作品を作った人も人を救いたいって本気で思ってるし、私たちも思うし。けど聴いてるうちに、同じ薬をずーっと出されてるような、そんな気分になって。私たちが戦うのはここじゃないのかもなあと思ったときがありました」
――そうなんだ。
「で、自分たちも、お客さんに対してその薬を出し続けてるっていう存在だったのかも……みたいな。それを思ってからはなんか、もう歌詞が書けなくて、どうしたらいいんだろう、みたいな」
――もうその薬じゃ治らないってわかってるのに、でもやっぱりその薬を出しちゃう。
「そうなんですよね。お客さんもそこに安心するし。これ飲んでればいつか……って。そうやって信頼の下で聴いてもらってるのに、自分が、はたして本気だったのか?っていう」
――目の前に来てくれるお客さんをだましちゃってるような気持ちがどっかで出てきちゃったのかな?
「そうですね、自分は答えを持ってないのに……っていうところですよね、たぶん」
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