夏代孝明、ニューアルバム『Gänger』完成。覚悟と挑戦の新作に込めたメッセージ、そしてこれから

夏代孝明、ニューアルバム『Gänger』完成。覚悟と挑戦の新作に込めたメッセージ、そしてこれから

「夏代孝明としての純度」をより高めたい


――10曲すべてが夏代さんご自身の作詞作曲というところで、今までのリリースとは気持ちの面でギアのかかり方が違ったんじゃないかと思うんですが?

「そうですね。やっぱり全曲オリジナルっていうところで、『アルバム全体でひとつテーマを持たせていきたい』っていうのは自分の中で明確にあったので。今回のアルバムタイトルの『Gänger(ゲンガー)』っていう言葉は、ドイツ語で『人』を意味する単語で。音楽で人間――自分自身だったり、関わってくれる方々だったりを描けたらいいなと思って」

――曲中には「Fußgänger(歩く人)」というワードも出てきますけど、同じ「人」を意味する言葉でも、あえて「Man」とか「Human」ではなく「Gänger」という言葉をタイトルに選んだのは?

「ドイツ語の仕組みが僕はすごく面白いなと思っていて。Gängerっていうのは人を意味する、接尾語に近いような名詞なんですけど、その前に別の単語をつけることによって、『〜をしている人』っていう意味のひとつの単語になるんですよね。今回のアルバムで言うと、その楽曲ひとつひとつがGängerっていう単語の前につくようなイメージになれば、1曲1曲が『人間を描いていく』っていうテーマで成立しやすいかなと思って。なので、HumanではなくてGängerが正しいのかなって」

――今回、全曲作詞作曲を手掛けて改めて感じたことは?

「自分が歌で使いたい声のレンジってどこなんだろう?とか、今まで楽曲をカバーしている中であまり考えてなかったことがあって。あと……カバーを続けていくと、自分が『好きだな』と思う音楽だけをずっとやっていくことになるので。逆に可能性を狭めてしまっている部分もあったのかなって思って。だから、あまり好き嫌いせずに――基本的にはギターロックが主軸になってるんですけど、ラップっぽい要素だったり、語りかけるようなバラードだったりとか、自分の声のいろんな使い方を考えて曲を作るようになったので。作曲を通して、自分の声の新しい気づきもたくさんあって。そういう意味でも成長できたかなっていうのは感じてます。あと、僕は曲の中で転調するのが好きで。それを『どういうふうにしたら、誰もやってない引きになるだろう?』っていう――夏代孝明の曲だからこそ、こういうのが来るんじゃないか?って期待してくれるぐらいに、自分もいろいろやってみたいなっていうのがあって。今まで自分が好きで聴いてきたJ-POP、J-ROCKの流れを汲みつつ、じゃあ僕はそれをどう次につなげていけるのか、っていう発想でいろいろ考えてみました」

――前作『フィルライト』でもBUMP OF CHICKEN“天体観測”をカバーしていますし、バンドに対しての想いはずっと強い方なんだろうなあと思っていたんですが。

「そうですね。今はソロで活動してますけど、それまではバンドで活動してきた流れもあったので。逆に、バンドを組んでこういう曲を考えたりすることもアリだとは思うんですけど。ソロでバンドアレンジの曲をやるからこそ、『夏代孝明としての純度』をより高めたいなっていうのがあって。僕自身が思うもの、僕自身が書けることに特化していきたいなって。歌詞の言い回しとかも――バンドだと、メンバー間で相談したりとかあると思うんですけど、やっぱり僕自身が舵を取って、僕が選んだ言葉で書いていくことに、自分の中でクリエイティブさを感じているので」

――ソロではあるけど、「自分の歌がギターロックのバンドサウンドの中でどう響くか?」っていう視線が常にあって。「ああ、バンド大好きな方なんだなあ」っていうのは感じてました。

「(笑)。そこは今でも、ソロでやっていながらも憧れみたいなものはあって。どこかのタイミングでバンドもやってみたいとは思うんですけど、本当に自己表現を突き詰めていくソロの活動を今は大事にしたいなって」

――でも、その自己表現もたぶん、バンドアレンジとともにあるような気がするんですよね。「フォークトロニカ・夏代孝明」とか「アンビエント・夏代孝明」にはなっていかない気がするし。

「そっちには向かっていかない気がするんですけど……どうなんですかね? でも、『バンドやります』って実際やってみた時に、まったく同じ曲を書いてたら意味がないなと思って(笑)。バンドをやる時に、僕だけの意見で引っ張っていっちゃうようなメンバーにしちゃうと、結局同じだ思うんで。やるんだったら、僕のデモを真っ向から叩き切ってくれるような、我の強い人とやりたいなと思って」

――というか、ソロアーティストのアルバムだったら、もっと演奏を抑えて歌を立たせるアレンジも可能なんですけど、このアルバムの音って完全に、バンドアレンジとせめぎ合ってますよね。

「僕もトラックダウンの時に『全然ソロアーティストっぽくないなあ』と思って(笑)。でも、今までのカバーの活動の中で、激しめの曲は好んでやってきたことなんで。流れ的に自分のリスナーの方とかは、“REX”みたいな曲があるとグッとくるかなと思って。この曲はわりとギターがしっかり聴こえる感じで、ボーカルが他の曲よりも後ろにいる感じになってるんですよね。それもまた独特の色があっていいかなと思って……そうですよねえ、普通にバンドの曲のバランスですもんね(笑)」


高校時代に曲を作ってた頃と今とではまったく別の気持ちになっていた


――今作の中で、楽曲制作の面で一番苦労した曲は?

「“Gänger”ですね。音楽って常に新しいものが出てくるし、僕も『新しくあること』にすごく憧れがあって。ガラケーからスマートフォンに変わる流れは衝撃だったし、世の中のムーブメントを感じてたんで。音楽もそうあってほしいと思うんですよ。自分が今まで作ってきた“世界の真ん中を歩く”とか“ユニバース”は、自分が音楽をやっていく中で『誰かを励ますような曲を』とずっと思っていたので作ったんですけど。それをやりつつも、時代を感じつつ曲を作るっていう部分で、“Gänger”はいろいろ挑戦したところがあって。AメロBメロは今っぽい音数の少ない感じで行きつつ、サビでどう自分を出すか、みたいな葛藤があって。難しかったですね。去年と今年とで書いてた曲の雰囲気がガラッと変わってて。“ニア”とか“世界の真ん中を歩く”、“ユニバース”は『誰かを励ますポップス』を意識してたんですけど、今年書いた“エンドロール”“ジャガーノート”は、自分の中で渦巻いてる感情だったり、『自分との対話』っていう側面が強くて。で、“Gänger”はその両方を上手く織り交ぜた感じの曲にしたかったんですよね」

――その「自分との対話」へのモードチェンジは、何かきっかけがあったんですか?

「『誰かを励ます曲を』って思って曲を書いてた時期が、実は一番精神的に不安定というか、『間違った道に来てしまったのではないか』と思ってしまうような感覚――実際はそんなことはなかったと思うんですけど、先の見えない暗闇の中で曲を作っていて……音楽って生活に必要なものではなくて、趣味とかそういう部分でみんなが応援してくれるものだと思っているので。その分、みんなの生活にプラスになるものを返したい、っていう気持ちが強くて、その3曲を書いてたんですけど。今年になって思い返してみて、『誰かのために』って思いすぎてるんじゃないか?と思って。高校生の頃とかに作ってた曲のデモをたまたま聴く機会があって――言葉遣いとかメロディとかは本当に恥ずかしくなっちゃうような感じなんですけど(笑)。僕はそこに芯を感じて。不器用だけど伝わってくるものを感じたんですよね。それを聴いた時に、本来の自己表現って『誰かのために』っていうところだけが重要なわけではないなと思って」

――その「誰かのために」モードはカバー動画の頃から?

「そうですね。最初は、自分の歌を聴いてほしいけど聴いてもらえなくて、でも発信したくて続けてる、っていう感じだったんですけど。実際にみんなが評価してくれたり、みんなが会いに来てくれるようになってからは、『みんなが喜ぶ顔が見たい』っていう感じに変わっていったっていうのがあって。だから、オリジナルを作るってなった時に、一番最初に『誰かを励ましたい』って自分は考えたんだと思うんですよ。なので、いざ曲を書く時に――カバーの活動が挟まってるので、高校時代に曲を作ってた頃と今とではまったく別の気持ちになってたっていうか。昔の曲を聴くまで気づかなかったんですよね、自分がそういうふうに変わってたことに」

次のページ新たなきっかけで別の軸が増えても楽しいのかなと思うので……早く曲を作りたいです(笑)
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