【インタビュー】今、斉藤壮馬に何が起こっているのか。新作『Nuance』の全曲解説でひもとく、ポジティブな変化の正体

【インタビュー】今、斉藤壮馬に何が起こっているのか。新作『Nuance』の全曲解説でひもとく、ポジティブな変化の正体

昔はほんとにコンプレックスだったんですよ。自分もカート・コバーンやジョン・レノンみたいなシャウトがしたいのにって

──今作はほんとに、斉藤さんが書いてくる曲をバンドのプレイヤー全員が面白がっている感じがします。

おっしゃるとおりで。うちのバンドはファーストライブからずっと同じメンバーなんですよ。作品やライブを重ねるごとに、バンドとしてのグルーヴが熟成されているのは自分も感じています。メンバーには「ありがとう」と「ごめんなさい」、両方の気持ちがあって。キーボードの重永(亮介)さんはギターもめっちゃ上手いので、最近は半分くらいギタリストとしてもお世話になっているんですよね。今回実はあまりキーボードの音は入ってないんです。だから「次はシンセサイザー主体のザ・キラーズみたいなキラキラシンセロックをやりますから、今回はちょっとギタリストのほうでお願いします」みたいなことを冗談交じりに言ってたりして。でもそれくらいマルチプレイヤーで、ほんとにみなさん手練れなのでありがたいです。僕が「これを演奏するのは現実的には難しいかも」と思うものがあっても、そこでブレーキをかけずに相談できるというのは強みなんですよね。

──この曲、斉藤さんの歌唱も新たな境地を拓いていますよね。

そうですね。僕の声質はどうしても甘めというか、ソフトな感じになってしまうので。昔はほんとにコンプレックスだったんですよ。自分もカート・コバーンやジョン・レノンみたいなシャウトがしたいのにって。でも今回は、こういう声の男がこういう曲を書いて歌ったっていいじゃないという気持ちになれた。もう「好きに歌えばいいじゃん」って。

──“マヨヒガ”というタイトルに対して、《迷い蛾》、《迷い家》、《迷いが》と歌詞のニュアンスが変わっていくのも面白いです。

ありがとうございます。「迷い家」って『遠野物語』(柳田国男)とかに記されている民間伝承で、それが子供の頃から好きで、どうしようもなく惹かれていたんです。なので、どちらかというとそのモチーフは小説で書きたいなと思っていたんですけど、まさかここで、この曲で(笑)。1サビで《迷い蛾》が出てきたときに、あれ? なんかいけちゃうぞという不思議な感覚があって、まさに迷い家に迷い込んだような気分でした。自分でも狙って書いているというよりは、何かに書かされているような感覚があって。

──これまでもありましたが、今回そういう同音異義語的な言葉の使い方が随所にありますよね。歌詞を読みながら聴くと「なるほど」と思えるんだけど、耳に飛び込んでくるものは自分の解釈で受け取れるような作詞が興味深いです。

自分は押韻が好きなので、今までもそういうフレーズがありましたけど、昔はそれこそ「韻は厳密に踏まなければ」ということにとらわれていた気がします。でも今回は、韻や言葉がすべてではない、必然的に歌詞とメロディがそうなるんだったら、もうそれでよいのではと思えるようになったんです。それこそニュアンスが大事じゃない?みたいな。

【インタビュー】今、斉藤壮馬に何が起こっているのか。新作『Nuance』の全曲解説でひもとく、ポジティブな変化の正体 - Photo by Kazushi HamanoPhoto by Kazushi Hamano

──続いての“落日”。これはもう、グッドメロディな楽曲。

これは、曲やメロディはかなり前、“デラシネ”(2018年)のあとくらいにはすでにあって。メロディとして、こういうミドルテンポでメロウな曲が好きなので、いつか使いたいなと思っていたんです。今回の制作で、ふと今回はこれなんじゃないかと思って完成させました。Sakuさんの素晴らしいアレンジのおかげで、歌詞もすっと書けたんですよね。アレンジによって曲の世界観が鮮明に見えてくるというのは、これまでにも何度か経験していますが、この曲でもそれをすごく感じました。

──美しさと儚さを感じるメロディで、間奏の変拍子っぽい展開も印象的です。

オーソドックスにきれいに楽曲を進行させることももちろんできたわけですけど、今はそれをやることに楽しみを感じなかったので、何かひとつ、ずらしたいなというのはありましたかね。この曲、もともと“クリシェ”というタイトルにしようと思っていたんですよ。

──歌詞の中には《クリシェ》という言葉が出てきますよね。

はい。でもそれをタイトルにすると、あまりにも説明的だなと思って変えました。音楽的なクリシェ(コード上の一音だけが半音ずつ変化していくコード進行)ではなく、文学的なクリシェ、つまり、使い古された、お決まりの言い回し、紋切り型のフレーズという意味での《クリシェ》なんですが、その「先」を描きたいなと思いました。たとえば、落ち込んでいるときにクリシェで励ましたり慰めてくれる人がいたとして、僕はそれを「クリシェだな」と冷めていたタイプの人間だったんですけど、たとえ言葉がクリシェだったとしても、心からの言葉に救われたときには、クリシェだと捉えていたのは自分のほうだったんだと気づくんですよね。紋切り型だから悪いとかいいとかいう発想が、そもそも視野が狭いのだと、それをちょっとそのまま書いた感じです。実際の体験というわけではないですが。

──月並みでシンプルな言葉でも、実感が伴っていれば素直に受け取れるし、クリシェだと排していた自分を後悔することもありますよね。

でも10代のときの自分がこの歌詞を見たら、すごく拒絶していただろうなと思います。もちろん当時には当時にしか書けない歌詞があっただろうし、でも今はこうだと思えるというか、ふと立ち止まって考えてみると、地続きな自分の歩みの中にも変化があるんだなと感じます。

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以前「メッセージソングは書かない」ってインタビューで言ってたと思うんですけど、今後、ものすごいメッセージソングを書く可能性だってある(笑)

──不思議ですね。何かがあって急激に変わったというのではなく、今ここに至っているというか。

そうですよね。だから、以前「メッセージソングは書かない」ってインタビューで言ってたと思うんですけど、今後、ものすごいメッセージソングを書く可能性だってある(笑)。

──いや、今ならほんとにあり得ると思えます。なんとなく、斉藤さんが自分の中で「こうだ」という枠組みをひとつとっぱらった、そういう作品になったと思います。

そうですよね。で、そうなってくるとどうなるかというと、インタビューなんかでも思いつくままにしゃべるようになるので、まとめていただくのも大変だろうなあと(笑)。

──いえいえ(笑)。

この人、急に何言ってるんだってなるかもしれないですけど、話すときにも、「かくあらねばならない」というしがらみを取り払って、自分をそういう軛(くびき)から解き放ってあげるっていうのが、自分の中でちょっとしたブームなのかもしれないです。

──作品の最後が“rain shoes”。これはKYOTOU-Oさんのアレンジですね。今回はとにかくこの美しいサウンドに、ものすごく引き込まれました。

今回は何曲かデモを送って、「やりたいのありますか?」って訊いたんです。僕的にはたぶん“lol”をやりたいって言うんじゃないかなと思っていたんですけど、意外なことに“rain shoes”でした。KYOTOU-Oさんに6/8拍子曲のイメージってあまりなかったんですけど、最初に届いたアレンジがもう現行の形になっていて、それがあまりにも素晴らしくて。

──前作の“Riot!”や、別名義でのクレジットですが“蝿の王”でのKYOTOU-Oさんの編曲とは、かなりイメージが違いますよね。

KYOTOU-Oさんも言ってました。「斉藤さんの音楽をやるときは激しめの曲をやることが多くて、それはそれで大好きなんだけど、自分としてはこういうメロウな楽曲もいけるということを、世に示していきたい」って(笑)。この曲は、僕の発想の範疇だとこういうアレンジには絶対になっていなかったので、いやもう奇跡的な曲だなという気がします。

──繊細で壊れそうなんだけれど、すっと耳に沁み込んでくるような。清冽なイメージのサウンドです。

当初は4分半くらいの曲だったんですよ。でも「曲を6分くらいにしたいので、なんらかの間奏を足してください」みたいな、具体的なことは何も言わない、めっちゃ雑なオーダーをしたんですよ。もちろん信頼しているからできるオーダーなんですけど、今回は、自分のハンドリングしきれない、コントロールしきれない領域のものが曲の中にあったほうが面白いという考え方になっていたので。

──歌詞には《二相系の愛だ》という言葉があって、ここはやはり宮沢賢治を思い浮かべます。

そうですね。『永訣の朝』。まさしくそこから引用しています。自分にとってものすごく大切な人と、もう二度と会えないというときの曲なので。その祈りの打ち明けをKYOTOU-Oさんが汲み取ってくれたからこそできた曲だと思います。

──今回、自身の枠を一つひとつ取り払っていくような自由な作品が完成して、これから先の広がりにも期待が膨らむのですが、この先の音楽活動について、今どのようなことを思い描いていますか?

バンドメンバーの総意としては「フェスに出たいよね」っていうのがあって。自分も、出られなくてもいいので観には行きたいという気持ちがあります(笑)。もともと人前に出るのがすごく苦手で、自分の心を満たすためだけに趣味で曲を書いていたんですけど、いろんな出会いがあって、だんだん外の世界に開かれつつあるのかなと思っています。一気に大きな一歩を踏み出すのは性格上難しいかもしれないですけど、でもこのチームだったら、まだまだやれることがたくさんあると思えるので、僕が思ってもいないような景色を見てみたいなと思います。とりあえずキラーズみたいなことはやりたい(笑)。実は今もう複数ライン走っているんですよ。次はこういうのがやりたいみたいな。もっとグルーヴ系というか、ジャストリズムじゃなくてレイドバックしたサウンドなんかもいいなと思うし。Sakuさんなんかは「いいね、いつやる?」ってすごい前のめりできてくれるので、ほんと、人に恵まれているなあって思います。

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