ハリー・スタイルズ @ EX THEATER ROPPONGI
2017.12.07
今年5月にソロ・デビュー・アルバムをリリースしたハリー・スタイルズは、9月に初のソロ・ツアーをスタートさせた。そしてこれまでに北米、ヨーロッパ、オセアニアと回ってきた彼が、ついに日本にやって来たのが、今回のEXシアターでの2日間だ。
ちなみにここまでは各国の数千人規模のホールやライブ・ハウスを中心とした(ハリーにとっては)小規模なツアーで、それが来年になると、幕張メッセ&ワールド記念ホールで5月に行われる再来日公演を含め、大規模なアリーナ・ツアーにスケールアップする。
つまり、今回の来日はハリーのソロ・デビュー・ツアーの「小規模タイプ」を体験できる貴重な2日間であり、しかもEXシアター公演が彼の2017年最後のライブになるという、メモリアルなタイミングでもあったのだ。
そんなスーパープレミアな2日間だけに、チケットはもちろん完売。ワン・ダイレクションが活動休止中の現在、メンバーはそれぞれにソロ活動を展開しているが、中でも際立った活躍を見せているのがハリーだ。ソロ・アルバム『ハリー・スタイルズ』は高い評価を得て全英全米ダブル1位を獲得、傑作の呼び声高い『ダンケルク』で俳優デビューも飾るなど、ボーイズ・アイドルの枠を完全に超えたアーティストになったとも言われている。
でも、ハリーはかつての自分を、1Dとしての過去を否定して今の地位を獲得したわけではないのだということが、この日の彼のパフォーマンスを観れば理解できたはずだ。
オープニング、場内暗転と共にステージを覆った幕にハリーのシルエットが浮かび上がると、満場のEXシアターは耳をつんざくような黄色い悲鳴に包まれる。そしてまばゆい光の中で幕が落ち、セミアコを抱えたハリーの姿が現れると悲鳴はさらに数段ボルテージが上がり、クラクラするような興奮状態に突入していく。
何しろ1Dとしての直近来日公演(2015)は、さいたまスーパーアリーナだったのだ。数万人越しに眺めていたハリーが目の前にいる、ライブ・ハウスならではのダイレクトな距離感に嬉しすぎて戸惑い、どよめきすら漏れる。この日のハリーは白いシャツにノーネクタイでライトグレーのスーツというシンプルな出で立ち。でもTシャツにデニムかワークパンツが定番だった1D時代にくらべればずっとエレガントで、遠目には80年代のデヴィッド・ボウイのようだ。
この日のステージは5人編成で、ハリーはセミアコの担当だ。5声コーラスも美しいオープニングの “Ever Since New York”から“Two Ghosts”へ、オープニングは様々なタイプの楽曲が収録された『ハリー・スタイルズ』の中でもミッドテンポのフォーク・チューンを繋げ、ゆったりしたスタートだ。
スライド・ギターの効いた“Two Ghosts”は、ため息のニュアンスすら繊細に活かしていくハリーのしっとりした歌声と相まって極上の仕上がり。奥行きを感じさせるリバーブに上手くシンセをレイヤーすることで、フォーキーでありながらハイファイでシンフォニックな響きを得ている。
フォーク・サウンドと言うと、一般的には洗いざらしの木綿のような素朴でローファイな音色の印象があるが、ハリーのそれは、まるで上質なシルクのように艶やかなのだ。このフォークのモダンな質感は、ベックの『モーニング・フェイズ』に近いと言えるかもしれない。
「タダイマー!コンニチワ!ハリーデス!」とここでハリーが本日の第一声を発すると、場内はさらなる興奮のるつぼ!そしてその興奮をそのままストロークに乗り移ったかのように、プリンス的なけれんみがたっぷりのソウル・ファンク“Carolina”へ。
ハリーのファンであり、その大半が1Dのファンであっただろうこの日のオーディエンスは、絶え間なく黄色い悲鳴をあげつつも、“Sweet Creature”ではすかさず合唱を決め、スマホのライトをさっとかざしてみせるなど、きっちりハリーのソロ・アルバムを聴き込み、今日のために準備をしてきたことがひしひしと感じられる、愛情の深い本当に素晴らしいオーディエンスだ。
そしてそんな最高のオーディエンスの悲鳴に対し、「ミンナチョーカワイイ!」「ガンバリマース!」と叫び返すハリーも、最高のパフォーマーだ。高速投げキスを繰り出す“Only Angel”の彼は強烈にチャーミングで、誰よりもキラキラしていて、圧倒的なポップ・スターだったし、「トイレドコデスカ」「モヒトツ、サケ、オネガイシマス」と、来日のたびに日本語のボキャブラリーを増やして来るサービス精神も天晴れだ。
シリアスなソロ・アーティストとなった今なお、彼は人を惹き付けずにはいられない偶像=アイドルであり、それがハリー・スタイルズという人の「体質」なのだと思う。余談だが、1D時代はコードレスマイクを片手にアリーナやスタジアムを走り回っていたハリーだけに、まだ有線のマイクの扱いに慣れないのか、しばしばコードがマイクスタンドに絡まってしまい、モゾモゾしていたのは微笑ましかった。
「これは僕の初ツアーだからさ、自分の曲はまだ10曲しかないんだよね。だからここからは昔の曲をやるよ。知っていたら楽しんで。知らなくても楽しめるようトライして」と言うと、アリアナ・グランデの“Just a Little Bit of Your Heart”のカバーへ。この曲は2014年にハリーがアリアナのために書いた曲。こうして彼のソロ曲からの流れでプレイされると、3年前から既に彼のソングライターとしての個性は発芽していたことが分かる。
続く1Dの“Stockholm Syndrome”は、改めて名曲。こうしてギター・バンドのフォーマットで演奏されると、まるでプリファブ・スプラウトのナンバーのようにすら聴こえる。続く“What Makes You Beautiful”もこれぞブリットポップ!というパフォーマンスだ。1Dのナンバーはつくづく「バンド映え」するというか、彼らがザ・ビートルズの国のアイドルであったことを再確認させてくれるのだ。
そんな“What Makes You Beautiful”からシームレスで雪崩れ込んだ新曲の“Kiwi”が、1Dの曲を凌いでこの日のクライマックスとなったのも最高だ。グルーヴィー&ダーティーなロックンロールをシャウトしながら、ミック・ジャガーばりのセクシーな煽りを見せる“Kiwi”、真正面からガチンコハードにやりきったアンコールでのフリートウッド・マックのカバー“The Chain”、そして小さなEXシアターが決壊して音が溢れ出るかのように壮大エピックだった“Sign of the Times”と、この日のクライマックスのハリーのパフォーマンスには、早くも来年のアリーナ・ツアーの光景が目に浮かび、その成功が確信できる十数分間だった。(粉川しの)
ライブレポートは1日目(12月7日)、ライブ写真は2日目(12月8日)の公演のものです。
〈SETLIST〉
1. Ever Since New York
2. Two Ghosts
3. Carolina
4. Sweet Creature
5. Only Angel
6. Woman
7. Meet Me In The Hallway
8. Just a Little Bit of Your Heart (アリアナ・グランデ カバー)
9. Stockholm Syndrome (ワン・ダイレクション)
10. What Makes You Beautiful (ワン・ダイレクション)
11. Kiwi
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12. From The Dining Table
13. The Chain (フリートウッド・マック カバー)
14. Sign of the Times