デビュー時、“女性版ジャック・ジョンソン”などと形容されもしたが、彼女がサーフ・ロック・ムーヴメントの隆盛にあやかりポッと出てきた歌姫などではないことは広く知られるところだ。カリフォルニア州サンディエゴのビーチ・タウン、デルマー出身。両親の影響で12歳からサーフィンをはじめたという生粋のサーフ・ガールであり、15歳のときアーニー・ディフランコに影響を受けて音楽活動をスタート。その後ジャック・ジョンソンも在籍する映像製作集団のメンバーに才能を見出されたという、ある意味由緒正しい生い立ちの持ち主なのだ。その後G・ラヴやジェイソン・ムラーズなどと共に2年半に及ぶツアーを行い、フジ・ロックに出演するなどパフォーマーとしても着実に経験を積み上げている。
サポートのドラマーとベーシストとともに姿を見せたトリスタン。まず場内が見惚れたのはなんといっても、トリスタンの美しさだろう。ノースリーブとレギンスというごくごくシンプルなファッションだが、気負わずとも華がある人というのはこういう人のことを言うのだろう。大柄でしなやかな肢体とハッキリした目鼻立ちは実にステージ栄えする。せつなげに息をもらしたり、観客にいたずらっぽく視線をなげかけてみたり、満面の笑顔だったり、彼女が歌っているとき、その豊かな表情からも目が離せなくなる。
デビュー・アルバム制作時には22歳だった彼女。その後たった3、4年とはいえ、音楽家としての成功がもたらす経験の中には、女の子が女性として成熟を迎えていく時期にあって、手放しでハッピーといえるような出来事ばかりじゃなかっただろう。初来日のときから変わらない健康的なキュートさに加え、アンニュイな色香もただよわせている。
場内の空気をゆるやかなリズムで包んでいくオープニングの“プリーズ”に続いて披露されたのは、新作のタイトル・ソング“エコー”だ。「私はもう自分の道を歩みを始めてしまったから」と歌われるこの楽曲は、現在のトリスタンの心意気を象徴するかのようなナンバーといえるが、その後の展開も、まさに新作の世界観と前作の天真爛漫さが交互に顔を見せるものだった。
新作『エコー』の世界観とは、トリスタン本人も語っているように、元恋人(ジェイソン・ムラーズ)との破局経験が創作モチベーション/インスピレーション源の一つとなっている。無邪気に赤裸々に恋する女の子の喜びを綴ったデビュー・アルバムは、「恋愛が順調なときは喧嘩や葛藤ですらハッピーに集束されていく」という真理に貫かれている一作だったが(といってもねっとりとしたものではなく、肌触りはごくナチュラルなものでありそれこそがトリスタンの持ち味の一つだ)、失恋というつらい経験を経た新作のテーマも、あくまでトリスタンは“恋愛”というテーマから逃げることなく、正面から向き合って現在の心境を綴った。そして新作はその心境を一人のアーティストとして「どう綴るか」ということに自覚的になった作品だったのではないだろうか。ロンドンで制作された新作には、ブルージーで憂いを含んだ、深みのあるサウンドスケープをみせる楽曲も多い。それらの楽曲をパフォーマンスすることで、シンガーとしての表現力が一層増したことも存分に感じさせてくれた。
アンコールで観客のリクエストに応えて披露した“シンプル・アズ・イット・シュド・ビー”で、歌われるように「シンプルであるべきだ」というトリスタンの芯は変わっていない。だけど、困難や現実の立ち行かなさに向かい合う強さを身に着けたトリスタンが生み出した歌の世界には、より多くの人々にとっての「わたし」と「あなた」と置き換えられるような普遍性を獲得していると思う。ラストの“ラヴ・ラヴ・ラヴ”ではひときわ大きな歓声が上がったが、新作の『ハロー』の楽曲たちも、聴く人の生活に寄り添いながら愛されていくだろう。(森田美喜子)