19:06、割れんばかりの手拍子の中、“ディス・イズ・アワ・ハウス”のSEが終わると同時にドーム暗転。リッチーが、ティコが、デヴィッドが、そしてサポート・メンバーのヒュー・マクドナルド(B)&ボビー・バンディエラ(G)がスタンバイする中、ガッツポーズで登場したジョンの姿に、待ちかねたファンから沸き上がる怒濤の大歓声! 号砲代わりの“ブラッド・オン・ブラッド”で総立ちのオーディエンスの情熱に一斉点火した後は、“ウィー・ワーント・ボーン・トゥ・フォロー”で♪イェーイェーイェーの嵐を巻き起こし、“禁じられた愛(You Give Love A Bad Name)”でドームを大合唱へと導き、「イッツ・ナイス・トゥ・ビー・バック・イン・トキオ!」のジョンのコールに大熱狂!……と、かつて80年代に「洋楽といえばボン・ジョヴィだった時代」を過ごしたであろう元・少年少女たちを序盤から沸騰状態へと誘っていく。平日&東京のみ2公演とはいえ、2階席を除いてほぼ満席のドームに吹き荒れるサウンドが生み出すでっかい高揚感には思わず目眩がするほどだ。ちなみに、今回の『ザ・サークル・ツアー』というお題にちなんで、ステージ前には円形の花道が設置され、その花道に囲まれたエリアは「VIPシート」となっていて、花道を練り歩くメンバーをかぶりつきで観れるという趣向も盛り込まれている。
それにしても。ボン・ジョヴィの音楽を前にすると「1984年デビューの超ベテラン・バンド」であるという事実を忘れそうになる。ボン・ジョヴィという存在がでかすぎるせいか。解散&再結成などもなく(解散の危機こそあったが)常に僕らのそばに存在し続けたバンドであるからなのか。時にカントリーやロックンロールに振れたりしながらも、あのグラマラス&エネルギッシュなミドル・ビートが織り成してきた永久不変のボン・ジョヴィ・サウンドが時の経過を忘れさせるせいか。何はともあれ、ステージ背後のヴィジョンに、ジョンはじめメンバーの年相応に年季の入った顔が大写しになった瞬間に「ボン・ジョヴィってもうデビュー27年目になるんだ!」と改めて驚かされてしまった。ジョン&デヴィッドは48、リッチーが51、いちばん年上のティコに至ってはもう57だ。それだけに、ジョンがアコギを構えての“ホール・ロット・オブ・リーヴィン”や“フー・セズ・ユー・キャント・ゴー・ホーム”に滲むカントリー色や、“アイル・スリープ・ホエン・アイム・デッド”の古き良きアメリカン・ロックの土臭さなど、長いキャリアを歩んできたバンドならではの滋味を感じさせる場面もあった。が、そういったルーツ・ミュージック的な部分まで含めた「ボン・ジョヴィのすべて」を全開放することに、ある意味この日のアクトの力点は置かれていたように思う。そして、要所要所に“イッツ・マイ・ライフ”“バッド・メディシン”など全世界的必殺ナンバーを配し、ともすればパワフルな楽曲とサウンドすらかき消さんばかりの勢いの大歓声を呼び起こしていた。
円形の花道の中央に4人が並んでアンプラグド・スタイルで演奏した“サムシング・フォー・ザ・ペイン”“サムデイ・アイル・ビー・サタデイ・ナイト”。「イッツ1984アゲイン!」というジョンのコールとともに鳴り響いた“夜明けのランナウェイ(Runaway)”。ジョンの声は100%本調子ではなかったし、終盤の“ハヴ・ア・ナイス・デイ”あたりでは若干疲れも見せていたものの、本編最後に披露された“キープ・ザ・フェイス”、そしてアンコール最後を飾った“リヴィン・オン・ア・プレイヤー”まで、巨大なステージから4人+2人が放射する波動砲のようなロックのエネルギーは終始途切れることはなかった。そして、そんな彼らの熱気は、最後の“リヴィン~”のアカペラに応えて高らかに合唱するオーディエンスの熱気と1つになって、冬の夜空を震わせる祝砲のように響き合っていた。ボン・ジョヴィ来日公演は明日(12月1日)もここ東京ドームにて開催!(高橋智樹)