クリスタル・キャッスルズ@リキッドルーム恵比寿

クリスタル・キャッスルズ@リキッドルーム恵比寿
クリスタル・キャッスルズ@リキッドルーム恵比寿
クリスタル・キャッスルズ@リキッドルーム恵比寿
クリスタル・キャッスルズ@リキッドルーム恵比寿
クリスタル・キャッスルズ@リキッドルーム恵比寿  - pics by Yuki Kuroyanagipics by Yuki Kuroyanagi
開演予定の19時を20分ほど過ぎた頃、突如ステージが明るくなり、現れたのはスタッフと思しき日本人女性。「えー、開演前にお伝えしておきたいことがあります。アリス(Vo)が足首を骨折して、全治6週間の診断を受けました……」の声に、不安とどよめきの声が満場のリキッドルームに広がる。が、続けて「……ですが、約2年ぶりの日本でのライブを、アリスもとても楽しみにしていたので……」とライブを強行する旨が伝えられると、うおおおおおっと雄叫びのように沸き上がる大歓声!……カナダが誇るエレクトロ・デュオ=クリスタル・キャッスルズの、2009年サマーソニック以来となる待望の単独来日公演は、メンバー登場前からそんな狂騒的な高揚感に包まれていた。そして再び舞台が暗転、イーサン(Prog)とサポートドラマー、そして両手に松葉杖をつきながら歩くアリスが姿を見せ、身も心もびりびり震わせる“フェインティング・スペルズ”の超重低音シンセ・ベースが轟けば、フロアの喝采の声はさらに高まる一方だ。

ユニバーサル移籍第1弾となる昨年のセルフ・タイトル2nd(1stもセルフ・タイトルだったが)リリース後では初の来日公演ではあるが、“バプティズム”“ドウ・ディア”“エンパシー”など最新作からの曲も“コートシップ・デーティング”“クライムウェイヴ”など過去曲も全部まとめて極限まで研ぎ澄まされた音の銃弾として一斉掃射するような、壮絶なアクト。ともすれば「チープ」と呼んで差し支えないくらいにアンサンブルを削ぎ落とし、電子音とビートとシャウトと重低音のうねり「だけ」のソリッドな音塊にまで自らを鍛え上げた結果、エレクトロとかダンスという言葉では到底収まりきらない、パンクの熱量と破壊力と狂騒やニューウェーブ的な背徳感まで獲得してしまった――というクリスタル・キャッスルズの真価が、「完全解凍」を越えた爆発力でもってリキッドルームに渦巻いていた。

そして。彼らの音楽に背徳と破壊力を与えている原動力は何と言っても、アリスのノー・フューチャー感剥き出しのエネルギーだ。黙々と機材をいじりながらシーケンスやフレーズを繰り出しノイズ・ギターをかき鳴らし、アンコールでようやく「Thank you」とひとこと発したくらいのイーサンとは対照的に、アリスの佇まいはこの日も実に鮮烈だった。立っているのも辛いに違いないアリスはしかし、いざステージが始まれば、右手の松葉杖をかなぐり捨ててマイクスタンドを引っ掴み、腰を揺らし、髪を激しく振り乱し、時に松葉杖を高く掲げて片足で跳び回り、モニタースピーカーに骨折しているはずの左足をかけ(!)……あたかも自らの骨折すらコスチュームや舞台装置の1つであると言わんばかりのアグレッシブなアクト。万全な時の彼女の、フロアへのダイブも厭わない強烈なアジテーターぶりも魅力ではあるが、足の骨折によってひとところにスクリームやヴォコーダーを駆使しながら戦慄のパフォーマンスを見せたこの日のアリスの姿には、鬼気迫る闘争心が滲んでいた。この素っ頓狂なベースラインとシーケンスはなぜここまでイきまくった危険な薫りに満ちて響くのか? ディスコ・ビートや8ビートを安易な「グルーヴ」から引き剥がした彼らの音楽が、暗黒の底へ向けてステージ/フロア一丸となってチキンレースを展開しているような未曾有の疾走感を描き出せるのはなぜか?……という問いへの答えが、すべてここにはあった。何も守ってないからだ。エレクトロ/ダンス・ロックのマナーもパンク/ニューウェーブのマナーもすべてなぎ倒しながら獰猛に突き進むクリスタル・キャッスルズの音楽は、いくら織り重なっても「表現世界」とか「アーティスト・エゴ」とかいうところには像を結ばない。自らを顧みず混沌の真っ只中へと驀進するその姿こそが、己の追求すべきアートである、ということを、アリスもイーサンもわかっているのだろう。だからこそ、傷を負ったアリスはステージをキャンセルせず、もがくように歌う姿を日本のオーディエンスに曝したのだろう。最高だ。

本編13曲を終えてステージに倒れ込み、松葉杖を拾い上げながらよたよたとステージ袖へ姿を消したアリス。さすがにアンコールは厳しいか?と思ったが、猛烈なオーディエンスからのラブコールに応えて再びよたよたとオンステージ!という瞬間に沸き上がった、地下集会の怒号にも似た歓喜の大歓声が、いつまでも熱く胸に残った。(高橋智樹)
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