ザ・ヴァセリンズ @ 渋谷WWW

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ザ・ヴァセリンズ @ 渋谷WWW
この「HMV GET BACK SESSION」とは、アーティスト本人が自身の過去の作品を収録曲順どおりにプレイする、いわゆる「名盤再現」ライヴ・シリーズである。過去にはbloodthirsty butchersが『未完成』の、カーネーションが『天国と地獄』の再現ライヴにチャレンジしてきた。そんな「HMV GET BACK SESSION」の第3弾となるのが今回のザ・ヴァセリンズ単独公演である。ヴァセリンズが1989年にリリースされた彼らのデビュー・アルバム『Dum Dum』を完全再現する――こう書くと、「HMV GET BACK SESSION」に留まらず海外でも近年の一大トレンドになっているレトロスペクティヴ・ライヴの典型を彼らもまた演る、ということになるけれど、ヴァセリンズの場合は少し、いや、かなり意味合いが異なるのではないか。

なぜなら、ヴァセリンズはデビュー・アルバム『Dum Dum』のリリース直後に解散しているバンドだからだ。つまり、彼らの懐古するべき過去はあらかじめ奪われているということで、解散後に「再評価」どころかほとんど「初評価」されたバンドがこのヴァセリンズなのである。だから、筆者を含む多くの日本のファンは「『Dum Dum』の完全再現」というコンセプトを受けて「おお、すごい!」と一瞬反射的には思ったものの、よくよく考えてみたら実感および実態としての感慨は希薄、というのが正直なところではないか。当時の日本のファンの多くはヴァセリンズが解散してから彼らを好きになったし、『Dum Dum』ではなく1992年にサブ・ポップからリリースされたコンピレーション盤『The Way Of The Vaselines』でヴァセリンズを知ったファンのほうが圧倒的に多いからだ(ちなみにこの『The Way Of The Vaselines』には『Dum Dum』のナンバーは全曲収録されている)。

だから、筆者はこの日の『Dum Dum』の完全再現ライヴにどこか新鮮な気持ちで赴いた。『Dum Dum』の収録曲はもちろんすべて知っているけれど、『Dum Dum』をリアルタイムで「知っていた」とは言えない、その齟齬がむしろ楽しみだった。会場の渋谷WWWを見渡すと客層もまちまちで、リアルタイマーの30代以上に加えて20代と思しき若いファンもかなり見受けられる。ギター・ポップの伝説として後世に影響を与えまくっているヴァセリンズだけに、今のインディ・キッズにとっても見逃せないライヴなのだろう。かのカート・コバーンが「世界で一番好きなバンド」とヴァセリンズを紹介し、ニルヴァーナがカヴァーした“Molly’s Lips”や“Son Of A Gun”を聴いてヴァセリンズを知った若いファンも多いはずだ。

オープニング・アクトの百々和宏とテープエコーズを経て、ステージに立つヴァセリンズ。この日のメンバーはユージン・ケリーとフランシス・マッキーを含む5人編成。ユージン達をサポートするギタリスト……と言うかほとんどの曲でリード・ギターを弾いていたのはベル・アンド・セバスチャンのスティーヴィー・ジャクソン、でもってベースもベルセバのボビーという見事なスコットランド布陣だ。ちなみにユージンとフランシスがヴァセリンズ名義で来日するのは2009年のサマソニ以来2度目となる。そう、彼らは20年近い空白を経て2008年に突如再結成を果たし、2010年にはセカンド・アルバム『Sex With An X』をリリースしている。今日は『Dum Dum』の完全再現に加えて、その新作からの楽曲を含むどれだけのエクストラ・ナンバーをプレイしてくれるのかにも期待が集まる。

オープニング・ナンバーは『Dum Dum』の1曲目の“Sex Sux(Amen)”だ。これが、いきなりユルい。思いっきり、笑っちゃうくらいユルい。ヴァセリンズと言えば「究極のアマチュアイズム」を旨とするバンドだが、さすがにそれも20年以上のキャリアの中で少しはショウアップされてくるかと思いきや、全くそんなことはない。ユージンはヴァセリンズ後も幾多のバンド、キャリアを重ね、その中にはギタポを伝統芸化したプロジェクトも正直あったわけで、そんなギタポ職人の彼がフランシスと共にステージに立つとここまで原点を、ユルく、素人っぽく、それゆえに清廉なギター・ポップとして再び鳴らせるということにまずは驚かされた。

ここで「サンキュー」とユージン、「コンニチワ」とフランシス。ちなみにユージン、フランシス、スティーヴは3人ともセミアコ弾きで、そんなセミアコの軽やかなリフが五月雨る“Slushy”を挟んでフランシスとユージンの典型的なツイン・ヴォーカル・ナンバー、“Monsterpussy”へ。フランシスとユージンが時にコーラスで、時にユニゾンで、時にリレーしながら歌い繋ぐというヴァセリンズのツイン・ヴォーカル・スタイルはその後女子メンバーを擁する幾多のインディ・バンド達によって模倣され続けていったわけだけど、この2分にも満たない“Monsterpussy”の中でそのスタイルが既に完璧に完成しきっていることが分かる。究極のアマチュアイズムの傍らで完全無敵のフォルムを持つポップ・ソングをクリエイトできるバンドでもあったこと、それもヴァセリンズの大きな魅力のひとつだ。

そしてもうひとつのヴァセリンズの大きな魅力が明らかになったのが“Teenage Superstars”。これはもう最っっ高のガレージ・パンク・ナンバー! ギタポ以上に伝統芸能化されているスタイルだが、はげ頭のユージンが「ティーンネイジ・スーパースターズ!」と叫ぶ矛盾をもろともしない初期衝動の塊のようなプレイだ。究極のアマチュアが最高のポップ・ソングと最高のガレージ・パンク・ソングを同時に鳴らせてしまった、それがヴァセリンズというバンドの凄さであり、これこそがカート・コバーンが愛してやまなかった「理想」なのだと今更ながらに再確認できてしまう、ちょっと泣けてくるような瞬間だった。

そもそも草食系ギタポ・バンドなイメージと裏腹に「Sex」だの「Pussy」だの「Bitch」だのといった過激なワードが飛び交うのがヴァセリンズの歌詞世界であり、無邪気にラディカル、笑顔で辛辣な彼らのそのスタイルは今なお色あせることはない。一見PTAで役員でも務めてそうなお母さん風ルックスなのに「私とユージンは20年以上セックスしてないの」云々、MCで下ネタをばんばん挟みこんでくるフランシスの豪放っぷりにはド肝を抜かれたが、そんなフランシスに苦笑しつつ、なだめつつも時々ブラックに突っ込むユージンのキャラもなかなかにエッジィだ。“Teenage Superstars”や“Dum Dum”、“Lovecraft”といったガレージ・ナンバーではスティーヴの活躍も際立っていた。

そんな『Dum Dum』の再現ライヴ自体は1時間に満たないものだったが、アンコールでは『Sex With An X』からの新曲に加えて、『Dum Dum』未収録のシングル・ナンバーもばんばんプレイしていく。「みんな『Sex With An X』は買ってくれたのかしら? まだ? オー・ノー! 帰ったらすぐにアマゾンで買うように」とフランシスが言うと、「いや、街のレコード・ショップで買ってね」とユージン。加えて“Son Of A Gun”、“Molly’s Lips”、“Jesus Wants Me For A Sunbeam”といった名曲群も次々に投下される(そう、『Dum Dum』にはこれらの曲は収録されていないのだ)。“Molly’s Lips”では今日のオープニング・アクトを務めた百々和宏とテープエコーズの百々さんがステージに登場して楽しそうにラッパをプカプカ鳴らし、フロアも一気にお祭りモードへの突入する。

ラストは“Dying For It”。いや、もう大満足のセットリストだった。結果的に『The Way Of The Vaselines』の収録曲はほぼ全曲やってくれたのではないか。『Dum Dum』の完全再現という特殊なコンセプトのライヴでありながら、実際は30曲程度しか存在しないヴァセリンズの楽曲のほとんどをプレイし、それらがいかにスーパー・エッセンシャルなナンバー揃いであるかを証明するという、まさにヴァセリンズという名の奇跡を目撃する一夜に他ならなかったと思う。そんなヴァセリンズの単独公演は今夜の渋谷WWWがラストです。お見逃しなく!(粉川しの)
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