※同記事は2018年『ロッキング・オン』7月号に掲載されたものです。
現在、11月まで続く「エクスペリエンス+イノセンスツアー」でヨーロッパを絶賛踏破中のU2。同ツアーは現地時間11月10日、彼らの故郷アイルランドのダブリンで幕を閉じる予定だ。
最新作『ソングス・オブ・エクスペリエンス』が前作『ソングス・オブ・イノセンス』と対になる作品であるのと同様に、今回の「エクスペリエンス+イノセンス・ツアー」も、前回の「イノセンス+エクスペリエンス・ツアー」の続編として展開されている。
本記事では、そんなU2の最新ワールド・ツアーの序盤に開催された、ラスベガス公演のロング・レポートをご紹介。『rockin'on』2018年7月号に掲載した現地レポートの全文を、ツアー中のライブ写真と現地のスナップ写真の数々と共にお送りする。
公演の詳細レポと共に、rockin'onニューヨーク特派員の中村明美が開演前の楽屋でU2と対面した際のメンバーの貴重なコメントや、公演後にボノと話をしながら肩を組み(!)車まで歩いたという、まさにありえない(!?)エピソードも満載な現地レポート。待望久しい来日の実現を祈りつつ、ぜひお楽しみください!
「『ソングス・オブ・エクスペリエンス』のツアーは、
非常に政治的で、戦う内容だ。だから簡単じゃない。
それは、このツアーを開始した瞬間に実感した」(ジ・エッジ)
「『ヨシュア・トゥリー』ツアーはこれまでやったツアーの中でも最高だった。心が温まるような素晴らしい体験だったんだ」と語ったのは、ラリー・マレン(Ds)。U2の“エクスペリエンス+イノセンス”ツアーを観るために、5月11日NYからラスベガスに飛んだのだが、なんと会場となったTモバイル・アリーナで、“イノセンス+エクスペリエンス”ツアーの時同様、今回もメンバーに会うことができた。バンドは、2014年に、『ソングス・オブ・イノセンス』を発売し、2015年に“イノセンス+エクスペリエンス”ツアーを行った。すぐ対となるアルバム『ソングス・オブ・エクスペリエンス』が発売されるはずだったが、2016年、ブレグジットとアメリカ大統領選挙があったため、新作は書き直された。2017年に、『ヨシュア・トゥリー』30周年記念ツアーを行い、大成功を収め、その終了とほぼ同時に『ソングス・オブ・エクスペリエンス』を発売。そして2018年、ついに“エクスペリエンス+イノセンス”ツアーを開始したのだ。
「4年間で3つもツアーするなんてクレイジーだよね(笑)」とラリー。母の喪失、1974年ダブリンで起きたテロなど不安定な状況の中、家の窓から世界を眺めていたボノの少年期を描いた“イノセンス〜”ツアー、アメリカン・ドリームとアメリカの理想を持って旅に出た『ヨシュア・トゥリー』ツアー、そして、経験を経て大人になった彼らが我が家に帰還する物語を描いた“エクスペリエンス〜”ツアー―実際、彼らは3つもツアーを行っている。しかもそれは三部作ともいえる内容であり、彼らより若いバンドが過去のカタログで世界ツアーを行う時代にありながら、U2は、2018年の問題を直視し、いまだアメリカン・ドリームを信じ、愛と希望を掲げて戦っている。アリーナ・クラスでそれを背負う、数少ないロック・バンドでもある。
しかも、『ヨシュア・トゥリー』30周年記念ツアーをした直後だから、今回のツアーでアルバム『ヨシュア・トゥリー』からの曲を、1曲もやらない。「そのせいでがっかりするファンが出てくるのも分かっている」と、アダム・クレイトン(B)。しかしそのおかげで、ライブ初披露の曲があるし、レアな曲が聴けるし、新作からは9曲も演奏される最新バージョンのU2を体験することができる。その野心と試行錯誤が、このツアーを2018年のものにしているのだ。
ジ・エッジ(G)が、「『ソングス・オブ・イノセンス』のツアーは簡単だった」と語った。これはメンバー全員が口を揃えて言ったことで、アダムも「今回のツアーでは、精神的にタフにならなくてはいけない」と語る。エッジはその理由を、こう説明してくれた。「『ソングス・オブ・エクスペリエンス』のツアーは、非常に政治的で、戦う内容だ。だから簡単じゃない。それは、このツアーを開始した瞬間に実感した。『ヤバい! 僕ら、それをトランプ国家のど真ん中でやろうとしている』とね。僕らのファンには、トランプの支持者だっていると思うし、様々な考えを持った人達が集まっているはずだ。僕らはこのライブでみんなを分断し、敵対させようと思っているわけじゃない。むしろ、最終的には、それを克服することや、それでもここで一体感を味わえることに意味があると思っているんだ」
ライブ会場に入ると、初の試みとして、オーグメンテッド・リアリティ(AR=拡張現実)が体験できた。ツアーごとに新技術を導入してきた彼らだが、アメリカ大統領が“フェイク・ニュース”を連発する時代に、現実と非現実が混じり合う技術を導入するとは、なんと最高なことだろう。基本的には “イノセンス〜”ツアーの続きで、セットは同じだし、内容にも重なる部分がある。フロア席のど真ん中に巨大なLEDスクリーンと花道があり、その両サイドにメイン・ステージとBステージがある。ライブ開始前に、スクリーンを専用のアプリで見ると、なんと滝が流れ出すのだ!
さらにライブの1曲目で、ボノが、ゆっくりと花道を歩きながら、最新作の1曲目“ラヴ・イズ・オール・ウィ・ハヴ・レフト”を歌っている時に、アプリを通すと、等身大のボノのほかに巨大化したボノが現れる。《僕らに残されたのは愛だけだ》とその言葉通りの願いが込められたスピリチュアルな曲を歌うボノが、“イノセンス”な自分と“エクスペリエンス”をした自分とで対話しているようにも見えたし、生きている自分と、星になってしまった自分が対話しているようにも見えた。
しかし、曲が終わると、「ここまでです。ブラックアウト(消灯)の時間です」という表示が出て、携帯のスクリーンから光が消える。そして同じく最新作からの“ザ・ブラックアウト”が始まる、というなんとも気の利いた演出だ。エッジの、ヒリヒリするようなギター・サウンドが鳴り響く中、曲の後半、サビの部分でいきなりメンバーがスクリーンの中から現れる―“イノセンス〜”ツアー同様シアトリカルな演出で、最大のインパクトでもってライブは始まった。続いて生死をさまよう経験をエモーショナルに歌う“ライツ・オブ・ホーム”を披露。新作から3曲続けて演奏され、この日のライブが、ヒット曲で盛り上げるのではなく、意味のあるメッセージを語るストーリーテリングなのだというモードが設定された。
ラスベガスのキラキラな夜景をバックにした“ビューティフル・デイ”や“ジ・オーシャン”の後、改めてストーリーテリングが再開される。ボノの「イノセント」な時代が“アイリス”“シダーウッド・ロード”で歌われ、“サンデイ・ブラディ・サンデイ”で観客が“No More War!”を連呼。やがて、「イノセント」な時代が終わったかのようにメンバーが一旦消える。すると『バットマン・フォーエヴァー』(1995年)のサントラに収録された“ホールド・ミー、スリル・ミー、キス・ミー、キル・ミー”が流れ、スクリーンには、スーパーヒーローになった4人がアニメで登場。スーパーヒーローとして、“エクスペリエンス”の旅に向かうのだ。