●尾崎世界観が時間をかけて生み出した新たな名曲“愛す”
あまりにもMVが衝撃的なせいで忘れてしまいそうになるが、まずは“愛す”が素晴らしく名曲であることに触れておきたい。この曲に出てくる主人公は、相当なひねくれ者だ。愛情表現が素直にできず《ブス》と暴言を吐く、《やっぱりそばには 君じゃなくちゃダメだな》という気持ちを「蕎麦と黄身」に言い換えて誤魔化す、《会いたい》さえもはっきり言えなくて《ような気がしないでもない》を付け足してしまう……。女子としては《肩にかけたカバンのねじれた部分》を気にする前に、そのねじれた心をどうにかしてくれと腹立たしくなるけれど、だからこそサビでぽつんと置かれた《好きだよ》がやけに切なく響く。「やるせなさ」と「ダブルミーニング」といったクリープハイプの歌詞の大きな特徴を前面に出した原点回帰的な作品にも思えるのに、今までとは明らかに何かが違っている。曲調や歌い方が新鮮というのも理由のひとつかもしれない。でも、それよりももっと根本的な部分での変化がクリープハイプの音楽にまた新たな奥行きを見せてくれたように感じる。尾崎世界観(Vo・G)は『ROCKIN'ON JAPAN』2019年9月号のインタビューで「今年に入ってから全然曲ができない」と言っていた。スランプというわけではなく、尾崎自身が「これでよし」と納得できず、なかなか曲が完成しなかったそうだ。それは今までの「クリープハイプらしさ」とは違うものを作り上げようとしていたからで、悩んでいる状況も尾崎は心から楽しんでいた。“愛す”はそうやってじっくり時間をかけて、音楽に向き合う苦しみと幸福感の中から生まれた曲なのだろう。だから、こんなに不器用で情けない感情が歌われていても聴きながらどこか心が温まるような心地よさを感じるのかもしれない。
●強烈なインパクトを残すMV——ラブSFアニメ『ベイビーメイビー』と“愛す”の関係とは?
一方、衝撃的なMVを手掛けたのは、テレビ番組やCMを制作するクリエイティブチーム・AC部。彼らは「違和感を感じる作品」というコンセプトで、数々の強烈なインパクトを残す映像を生み出してきた。そんなAC部とクリープハイプは、2018年に放送されたNHK『みんなのうた』の“おばけでいいからはやくきて”でタッグを組んで以来、2度目のコラボレーションとなる。その時の映像もなかなかシュールで視聴者がざわついていた記憶があるが、まだ歌詞と関連がある内容でわかりやすかった。しかし“愛す”のMVに関しては、一切手加減なしの圧倒的違和感なのである。AC部の映像が「ヤバイ」と言われるのは今に始まったことではないが、今回の作品はとにかく情報量が多くて混沌としていて、ヤバイどころか恐怖すら覚える。MVの中で展開されるラブSFアニメ『ベイビーメイビー』は、主人公の月見ハイティーンと青年ビュオザの壮大な恋物語。詳しいあらすじが公開されているものの、それを読んでからMVを観てもストーリーに全く追いつけなかった。ハッキリ言ってしまうと、“愛す”と『ベイビーメイビー』というアニメーションは完全に別世界の作品と考えていい。ただ、歌詞とストーリーが奇跡的にリンクする部分があって、何度も観ているうちにパラレルワールド的な繋がりが不思議と癖になってくる。AC部の安達亨は、自身のTwitterでこう呟いていた。「曲に集中する→映像を眺めながら曲を聴く→一時停止しながら文字とストーリーを追う と味変しながらお楽しみください」――つまりたった1、2回再生したくらいでは、このMVが一体何なのかどう繋がっているのかを理解するのは難しいのだ。
現メンバーが揃って10年という、クリープハイプにとって大切なアニバーサリーを飾るシングル曲として、“愛す”はあまりにも相応しすぎる。それゆえにMVでここまで突き抜けないと、バランスが取れなかったのではないか。愛しすぎて逆に《ブス》としか言えないように……なんてのは深読みかもしれないが、そんな想像を掻き立てるほどひねくれて正直なクリープハイプだから愛してしまう。(渡邉満理奈)