現在発売中のロッキング・オン4月号では、ザ・ラスト・ディナー・パーティーのインタビューを掲載!
以下、本インタビューの冒頭部分より。
「中世のファッションとボウイの宇宙時代とを結び付けたり。
そこに一貫性があるかという考え方はせずに、どっちも自分たちが大好きなもので愛と情熱を持ってるからこそ一貫するんだっていう風に考える。
なぜかそれでうまくいくの」
●『プレリュード・トゥ・エクスタシー』は極めて演劇的なストーリーテリングを持つ作品ですが、このアルバムをTLDPの冒険譚だとしたら、あらすじを教えてもらえますか。
アビゲイル(Vo)
「その喩え、面白い(笑)」
ジョージア(B)
「まったく予想もしていなかった状況になっているっていう意味では、嵐のなか航海する船みたいな感じはあるかも(笑)。とんでもない状況のなかで舵取りをする……」
アビゲイル「海賊みたいな」
ジョージア「うん。音楽業界という荒波を航海する(笑)」
アビゲイル「うわー」
ジョージア「秘宝を探して、ハハハ」
アビゲイル「途中でマーメイドとか、怪物とかが出てきて」
●(笑)。なぜシアトリカルな表現に惹かれるのでしょう?
アビゲイル「入念な計画のもとにやっていることではなくてこのバンドを始めたときに、何が一番楽しいだろうって考えたら、Tシャツ着てステージに立って退屈そうにしているのは違うかなと。ステージ上で一番楽しいこと、観客が一番楽しめることは何かを考えたら、自然とドラマチックで演劇的なものに向かっていたという」
●音楽からMV、アートワーク、衣装に至るまで過剰に作り込まれたTLDPの表現の根底には、現実からの逃避願望があるんでしょうか?
ジョージア「どちらかと言うと現実とリンクさせるものだと思う。観客にドレスアップしてライブに来ることを奨励することとか。観客がファンタジーの登場人物として会場に来て、そのために被り物や衣装を作ったり、究極的には、それによって私たち自身とこのバンドの音楽を聴く人たちは、それがなかったらあり得ないような度合いで、自分自身とつながることができるというか。ものすごく深くて強い感情を抱いたり、過剰に自己表現する環境があることで生まれるつながり。逃避どころか、ときには居心地が悪いと感じるほどの現実とのつながりを生むこともある」
アビゲイル「ホントそうで、十分に安全だと感じて初めて純度100%の自分を出せるというか。映画のセリフか本で読んだのか忘れちゃったけど、変装したり仮面をつけたり着飾ったりして、でも実はその仮の姿が本当の自分の内面を表している、みたいな。私たちが演劇的だったり派手だったり不可思議だったりしても、それは何かを隠しているのではなくて内面の増幅だったりする」
(以下、本誌記事へ続く)
ザ・ラスト・ディナー・パーティーの記事の続きは、現在発売中の『ロッキング・オン』4月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。
Instagramはじめました!フォロー&いいね、お待ちしております。