新作アルバム『ビー・ザ・カウボーイ』に感じた、ミツキの「歌」の飛躍的な深化

新作アルバム『ビー・ザ・カウボーイ』に感じた、ミツキの「歌」の飛躍的な深化

前作『ピューバティー2』から2年半ぶりとなるMitski(ミツキ)の新作『ビー・ザ・カウボーイ』がいよいよリリースされる。前作で聴かせた、彼女自身がそのまま表現されているような切実な歌声とオルタナティブなサウンドから、今作ではアレンジも歌も驚くほど洗練され、アーティストとして飛躍的な進化を遂げたことを感じさせる。

すでにMVも公開されている“Nobody”に顕著だが、「孤独」を歌うこの曲にしても、彼女の歌声のニュアンスにはどこか軽やかさがあり、彼女自身の「孤独」を切実に歌っているのと同時に、「孤独」を自分の外に出して眺めているような、そんな風通しの良さも感じられる。このアルバムを制作している時のイメージ自体が「真っ暗なステージ上でスポットライトを浴びて一人孤独に歌うシンガー」だったと言うから、まさしく、ミツキ自身のことを歌いながら、ミツキを外から眺めて表現する作業でもあったのだろう。「孤独」との距離の取り方を模索したと言ってもいい。その作業こそ、彼女がシンガーソングライターとして長く活動を続けていくために必要なことだと、おそらくは長年の音楽的パートナーである、プロデューサーのパトリック・ハイランドも感じていたに違いない。


これまでは情念的な深みを持つ切実な歌声とも相まって、ごくパーソナルな感情を滲ませながら歌うアーティストというイメージが強かったし、だからこそ“Your Best American Girl”のような、日本生まれで世界各地を転々と行き来する環境で育った彼女の出自から生まれてきたような楽曲にこそ、注目が集まりがちだった。もちろん、ごく私的なジレンマや抱えているネガティブな感情が、楽曲に深みや強烈な説得力を与えていることは確かなのだが、彼女自身がそのイメージから決別し、もっと自由に音楽を追求していきたいというモードになったのではないかとも推測する。実験的なアレンジ、多様なサウンドは、むしろ前作よりもオルタナティブだ。

そして今作は何より彼女の歌声──その表現力の深化が素晴らしい。冒頭の“Geyser”から、その変化に気づくはず。スケール感とか深みというより、スピリチュアルなパワーさえも感じさせる歌声や、“A Horse Named Cold Air”で聴かせる癒しにも似た歌、そして“Two Slow Dancers”での穏やかながらドラマチックな歌唱には、かつてビョークが『ポスト』(ソロ2作目)で、多彩で豊かで圧倒的なアーティスト性を見せつけた時の鮮やかなスケールアップ感を思い起こさせる。



多様な収録曲の、そのほとんどが3分以内で、2分にも満たない楽曲も多い今作──と書くと、あちこち落ち着かない作品のように思われるかもしれないが、それはまったく逆だ。前作も比較的短い楽曲が多かったけれど、ミツキの楽曲は、安易なリフレインで生み出すグルーヴを拒絶するかのように、「歌」そのものを突きつけてくる。今作はその「歌」の飛躍的な進化を存分に楽しむためにある。(杉浦美恵)



8月17日(金)にリリースとなる『ビー・ザ・カウボーイ』の詳細は以下。

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