トム・ヨークにとって初のサントラ作品となった『サスペリア』。その試聴会が初台玉井病院スタジオで行われた。玉井病院スタジオは実際の廃病院をそのまま利用したスタジオで、雨上がりでジメジメした夜の空気と相まって、なかなかホラーな雰囲気が掻き立てられる。
試聴会の会場は天井が所々崩れ、配管が剥き出しになっているそんな病院の一室で、ロウソクのほのかな灯火で赤く照らされた壁に参加者のシルエットがぼんやり浮かび上がる様は、まさに『サスペリア』のバレエホールのシーン、仕切りカーテンに浮かび上がるシルエットそのもの!
そう、今回トムが手がける『サスペリア』は、名作ホラーの呼び声高い1977年のダリオ・アルジェント監督作『サスペリア』のリメイクで、『君の名前で僕を呼んで』で知られるルカ・グァダニーノがリメイク版の監督を務めている。ちなみにアルジェントもグァダニーノも共にイタリア人監督。今回のリメイク版にはダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、クロエ・グレース・モレッツらに加え、オリジナル版でヒロインのスージーを演じたジェシカ・ハーパーも出演。トムはヴェネツィア国際映画祭で行われたプレス・カンファレンスにも参加してインタビューに応じるなど、主要スタッフとして同作にがっつり関わっている。
https://youtu.be/BY6QKRl56Ok
トムの初サントラ仕事となった本作で特筆すべきは、いわゆるホラー映画、しかもリメイク作であることから、彼が事前にイメージをかなり具体的に広げることができた点だろう。結果、本サントラにおいてトムは驚くほど多面的に想像力と創造性を発揮し、彼のソロ・ワークとしても大充実の内容になっているのだ。また、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラの参加で、トムが本格的なオーケストレーションを構築しているのも注目だ。
先行公開された“Suspirium”を筆頭に、“Unmade”、“Has Ended”といったナンバーはピアノを主体としたトムのボーカル曲で、もうこれだけで一枚別途アルバムを作って欲しい!と思ってしまうほど、悲しい前世の記憶を引きずった亡霊のような美しさ。レディオヘッドでは考えられないようなノスタルジックなメロディをてらいなく歌うナンバーもある。
そんな歌物の静謐な美しさの一方で、トムがアヴァンギャルドを炸裂させているインスト・チューンも凄い。メタル・パーカッションや即興的ジャズ・ドラム、均整のとれた旋律を無理やり歪まされ、ブチブチと引き裂かれていくクラシックのストリングス、気の遠くなるようなドローン・サウンドとやりたい放題なのだが、これらのアヴァンはホラー映画の「怖い」、「気持ち悪い」を彼が表現するとこうなる、という理に適った表出なのだ。
これらのインスト・チューンについてトムは「クラウト・ロックを意識した」と語っていたが、『サスペリア』がドイツの名門バレエ学校が舞台である(しかもリメイク版は1977年のベルリンに設定を移している)ことを思えば、彼のこのアプローチはこれまた理に適っていると言うべきだろう。
また、オリジナル版のメイン・テーマを想起させる旋律がアレンジを変え、結末を変え、何度もリプライズするのも本作の特徴だ。この反復がヒプノティックな感覚を呼び起こし、『サスペリア』の世界に没入する契機になっている。ちなみにトムはオリジナル版のゴブリンのスコアが大好きだったそうで、オマージュたっぷりの仕上がりになっている。
この他にも呻き声や悲鳴、血みどろの惨事の真っ最中と思しき怖すぎる効果音の数々、黒ミサを想起させる不気味な聖歌など、劇中のシーンとより具体的にリンクしていくだろうサウンドも次々とインサートされる。全25曲、トータル90分とフル・ボリュームながら、まさに映画を観ているようなあっという間の没入体験だった。
『Suspiria (Music for the Luca Guadagnino Film)』は10月26日 (金) に世界同時リリース。トムはオリジナル版『サスペリア』を観てイメージを膨らませ、本サントラを作ったそうなので、未見の方はぜひサントラのウォーミングアップとしてオリジナル版もご覧になることをオススメします。(粉川しの)
『Suspiria (Music for the Luca Guadagnino Film)』の詳細は以下。
●リリース情報
トム・ヨーク『Suspiria (Music for the Luca Guadagnino Film)』
10月26日(金) 世界同時リリース
◯国内盤2CD:XL936CDJP ¥2,750
高音質UHQCD/解説書・歌詞対訳封入
◯国内盤2CD+Tシャツ:XL936MXJP ¥6,250
●トラックリスト
CD1
1.A Storm That Took Everything
2.The Hooks
3.Suspirium
4.Belongings Thrown in a River
5.Has Ended
6.Klemperer Walks
7.Open Again
8.Sabbath Incantation
9.The Inevitable Pull
10.Olga’s Destruction (Volk tape)
11.The conjuring of Anke
12.A light green
13.Unmade
14.The Jumps
CD2
1.Volk
2.The Universe is Indifferent
3.The Balance of Things
4.A Soft Hand Across your Face
5.Suspirium Finale
6.A Choir of One
7.Synthesizer Speaks
8.The Room of Compartments
9.An Audition
10.Voiceless Terror
11.The Epilogue