トム・ヨークがはじめて映画音楽を担当した『サスペリア』を観た。とてつもない現代カルト・ホラーだった。

トム・ヨークがはじめて映画音楽を担当した『サスペリア』を観た。とてつもない現代カルト・ホラーだった。 - ©2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC All Rights Reserved    ©2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC All Rights Reserved

ただただ、とんでもないものを観たことに呆然とするしかなかった。ベネチア映画祭で上映された際には激しい賛否両論を巻き起こしたことも話題になっており、ある程度覚悟はしているつもりだったが……本当に恐るべき映画が届いてしまった。ルカ・グァダニーノ監督×トム・ヨーク音楽による『サスペリア』である。

念のため少し振り返っておくと、『サスペリア』はダリオ・アルジェント監督によって1977年に発表され熱狂的な反響を得た伝説的カルト・ホラー映画である。強烈なヴィジュアルと狂ったストーリー展開ながらスタイリッシュな映像とゴブリンによる斬新な音楽はのちの映画作家にも多大なる影響を与えたが、その存在の巨大さゆえに長らくリメイクが実現することはなかった。が、この2018年版の『サスペリア』はオリジナル版の大ファンだと自認するルカ・グァダニーノが監督を務め、大胆にアレンジを加えることでまったく新しい映画として「再構築」を実現。そして、音楽を担当したのが映画音楽を手がけるのは初となるトム・ヨークだ。

『君の名前で僕を呼んで』でその高い演出力を評価されたグァダニーノ監督だけにある程度レベルの高いものが作られることは予想できたが、何しろオリジナルがそもそも常軌を逸した作品であったがために、無難な着地など許されない。いったいどんなものになるのか、多くのひとが期待半分、不安半分といったところだったのではないだろうか。少なくとも自分はそうだった。それに、サウンドトラックが非常にトータル性の高い作品として仕上がっていたため、実際の映画ではどのような化学反応を見せているのか気になって仕方がなかった。

そんな、日本では来年1月にいよいよ公開される予定の『サスペリア』だが、一足先に試写で観賞することができた。ここではその衝撃的なファースト・インプレッションをレポートしたい。

まず、舞台は77年のベルリンに移され、女性たちが集まるのはオリジナルではバレエ名門校だったが、本作ではコンテンポラリー・ダンスの舞踊団となっている。また、時代背景としてドイツ赤軍〈バーダー・マインホフ〉がハイジャック事件を起こした時期であることが重要なモチーフとなっており、当時の社会不安が底にあることを示す。その上で、メインとなるキャラクターたちの基本的な設定やいわゆる「魔女もの」であることは踏襲しているのだが、描写や展開は一新。驚くほど斬新な現代映画になっているのである。

タイ出身の撮影監督サヨムプー・ムックディプローム(『ブンミおじさんの森』、『君の名前で僕を呼んで』など)による映像は瑞々しさと華麗さを誇っているが、その美しい画面に映されるのはショッキングでおぞましい描写の数々だ。が、オリジナル版で残酷な仕打ちを受ける女たちはここでは芯の強さを持つものとして存在し、それが圧巻のダンス・シーンで表現される。彼女たちの身体が躍動するアクション映画のようにも観られるのである。

主人公であるスージーが舞踊団に入団し、そこで暮らすなかで次第に「魔女」が引き起こす(のだと思われる)恐ろしい出来事が発生していくのだが、映画は物語的な整合性を食い破ってしまうほどの狂気的な逸脱を見せていく。ラスト30分ほどの圧巻の描写は異常なカオスとアート性で覆い尽くされる。これはカルトなき時代に強靭な芸術的野心でもって投げこまれた爆薬である。はっきり言ってやり過ぎだし完全にタガが外れてしまっているが、だからこそ『サスペリア』の現代版として圧倒的に正しい。

そんななか、トム・ヨークの音楽が果たしている役割は、大きく言えば「情感」のようなものだ。オープニングのタイトル・バックで“Suspirium”が流れる時点ではっきりするのだが、音楽こそがこの映画にえも言われぬメランコリーを与えている。映画では、「魔女」の背景に何があるのかが次第に明らかにされていくのだが、そこに女性たちの切実な苦しみや悲しみがあることがわかってくる。その言葉にならない想いを引き受けるのがトム・ヨークの歌やスコアなのである。残酷描写や恐怖シーンでもどこか物悲しさやほのかな温かさが感じられ、それは女優たちが繰り広げる圧倒的な身体性と対照的に映画全体のエモーションとなって響く。終盤の核となるところなので具体的には書けないが、“Unmade”が流れるシーンは映像だけではとてつもなく過激ものだが、トムの歌があることで優美かつビターな感傷を生み出すのである。



これまでもカルトなホラー映画をインスピレーションとしてきたトム・ヨーク。だから『サスペリア』は必然的な芸術的帰結であり、彼の音楽がなければこれほど深い感情を表現するものとして完成しなかっただろう。ぜひレディオヘッドやトムの音楽に惹かれるひとはみんな観に行ってほしい……と言いたいところなのだが、とてつもなく狂ったカルト・ホラーであることは間違いないので強烈なものを見る覚悟を決めた方のみにお薦めする。

ひとを選ぶ映画ではある。だが、その禍々しい体験の奥には美しい狂気に陶酔する感覚が待っていることは記しておきたい。トム・ヨークの生み出す音楽がしばしばそうであるように。(木津毅)





トム・ヨークのインタビュー記事は現在発売中の『ロッキング・オン』1月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。

トム・ヨークがはじめて映画音楽を担当した『サスペリア』を観た。とてつもない現代カルト・ホラーだった。 - 『rockin'on』2019年1月号『rockin'on』2019年1月号
rockinon.com洋楽ブログの最新記事
公式SNSアカウントをフォローする

最新ブログ

フォローする