カニエ・ウェストのトランプ支持の真意とは? その独自の歴史観とトランプとの意外な共通点を解説
2019.01.15 18:50
アメリカの中間選挙前にはホワイトハウスのトランプ大統領を表敬訪問し、トランプ支持というよりもトランプを支持している自分自身を最大限にアピールしているような長広舌をまくしたてたカニエ・ウェスト。カニエのトランプ支持は、間違いなくここ数年の黒人アーティストによる発言としては最も物議をかもすものであるはずだが、中間選挙直前にカニエ自ら政治とは距離を置きたいとトーンダウンし始め、その後、制作中の『Yandhi』のさらなる作業延長に邁進しているということ以外には音沙汰がなくなっている。
そもそもカニエがトランプ支持を表明したのは、アメリカの黒人としての政治意識のあり方に一石を投じたかったからというのが理由だ。アメリカでは60年代に入って差別撤廃を訴える公民権運動や暴動が吹き荒れた後、主に民主党政権によって差別の撤廃が公的に実現していった経緯から、黒人なら当然民主党を支持するというのがひとつの常識にもなってきた。しかし、それでいいのかというのがトランプ登場以来のカニエの問いかけなのだ。ただ、それまでのカニエは差別についての問題意識を経済格差に絡めて歌詞化するなど極めてリベラルで、なおかつ深い洞察力も見せてきたので、トランプ支持は大きな驚きをもって迎えられることとなった。
この心境についてカニエはたとえば、最新作『イェー』リリース直前に公開したトラック"Kanye vs. the People"で明らかにしている。ここでカニエは、オバマ前大統領については絶対に自分にはなりえない偉人だと思ったが、トランプが大統領になったのを目にして、自分にも大統領になれると確信したとその心境を吐露している。ただ、これは単純に大統領になりたいという願望を露わにしたものではなくて、トランプや自分も大統領になれるということならさまざまな可能性も考えられるし、そういう意味でトランプの登場には意味があるとカニエは言っているのだ。
つまり、自分と同様に欠点が多く、メディアで頻繁に物議を沸かせるという失敗談も多い人物が大統領になれるのだとしたら、自分にも大統領になれる可能性はある。そうすれば、自分がヒップホップ・アーティストとしてもたらしてきたたくさんの問題提起もアメリカの大統領としてできるのではないか、というのがカニエが提起したいことなのだ。
さらにこの曲でカニエは、従来のアメリカの黒人の意識を変えたいとも訴えている。それが、黒人なら民主党派でなければならないというのはおかしいのではないか、そういうことだったら、俺たちはまだプランテーションで労働させられる奴隷状態からなにも変わっていないのと同じだ、というくだりが意味するところなのだ。つまり、黒人の政治性は常にレールを敷かれていてまったく主体的なものになっていないということを伝えたいのである。
これは確かに意味のある問いかけではあるのだが、それをトランプ支持という形で表明したことで大バッシングを浴び続けてしまい、カニエ自身もムキになってひたすら空回りしている印象が強いのが、このところのカニエのトランプ支持や炎上発言騒動の実感だ。それによくよく考えてみると、カニエのトランプ支持には私怨もある程度絡んでいるかもしれない。というのも、オバマ前大統領は在任中に何度かカニエについて「バカ(Jackass)だ」と公言していたからだ。2012年にジ・アトランティック誌の記者にジェイ・Zとカニエの二者択一を問われたオバマはジェイ・Zと断言し、カニエは自分の政治活動の本拠地であるシカゴの出身で同郷でもあるし、作品も好きだけど、「それでもバカだ」と断言していたのだ。
オバマ前大統領はそれ以前から、テイラー・スウィフトのMTVのVMA賞受賞スピーチにカニエが乱入してスピーチのマイクを強奪した事件などをめぐって、オフレコの談話として「カニエはバカだ」と発言したことが波紋を呼んでいたが、この時あらためてその発言が事実として確認されたことで、大きな話題にもなった。それでなくても、オバマはジェイ・Zやケンドリック・ラマーらには並々ならないリスペクトを公言し、ホワイトハウスにも招待していたので、カニエにとってはおもしろくなかったであろうことは容易に推察できる。本来、カニエはアメリカで黒人として生きる体験をヒップホップとして表現するのに新しいアプローチをいくつも切り開いたところが、最も評価されるべきアーティストでもあるからだ。
同様にトランプも、ホワイトハウスの記者クラブが主催し、大統領や著名人らも出席する2011年のパーティーでオバマから手痛く冗談交じりに攻撃されたことがあった。トランプはオバマ当選後にも、オバマはアメリカで出生していないから選挙は無効だとする国籍陰謀説を大々的に公言し扇動もしていたが、このことを逆手に取られ、出席しているパーティーの最中、恒例の大統領からのスピーチでさんざん陰謀説信奉者として笑いものにされてしまったのだ。実はアメリカには、トランプはこの時の悔しさからやみくもに大統領選出馬を決意し、その後のおびただしい反オバマ政策にしてもこの時の意趣返しなのではないかとする論者もいるくらいなのだ。要するにトランプ政権になって初めてホワイトハウス訪問が実現したカニエも、トランプも、共通してアンチ・オバマの意識が動機としてあったと言えなくもない。
いずれにせよこうしたトランプ支持はカニエには大きな反感という代償になってきたし、それはメディアでのイメージがビジネスに直結している妻のキム・カーダシアンにとっては、さらに深刻な問題であるはずだ。たとえば、『イェー』の"Wouldn’t Leave"などは、カニエの炎上ツイートや発言の度にキムが錯乱して「わたしたちの生活は終わった」と泣き叫ぶものの、それでも「こんなバカな俺を捨てないでくれてありがとう」とキムへの感謝を切々と綴っている。こうした逆境における表現として、カニエのアーティストとしての卓越した力量が示されているのが最もカニエらしいところだ。
ここのところカニエは、アメリカにおける黒人の政治性について自身と同様の考えを持つように思える団体などからのアプローチもかけられたものの、それとは距離を置きたいとしていて、「今は俺の目もよく開いていて、自分でも信じていないようなメッセージを広げるために利用されていたことに気がついた」と発言している。
何かしらのきっかけや変節があったのかもしれないが「政治からは自分を遠ざけてクリエイティヴに完全に集中したい!!!」とも発言しているのはとても喜ばしいことだし、なおさらリリースが待たれる『Yandhi』への期待も募るというものだ。(高見展)