カニエの革新的な核心

カニエ・ウェスト『808s & ハートブレイク』
2008年12月03日発売
ALBUM
カニエ・ウェスト 808s & ハートブレイク
ポピュラー・ミュージックのレコーディング・ヒストリーは半世紀以上にも達するわけで、だから現在のヒット・チャートにかなり「やり尽くされた」感があるのは否めない。アーティストの独自性を誇示しつつ、音楽を革新させ、それが万人受けできるように、わかりやすくプレゼンテーションされているポップ・アルバム(もちろんロックも含む)は非常に少ないのだ(どれかひとつに長けている作品は多いけど)。

カニエ・ウェストの新作は、非常にバランスが取れた、実に優れたポップ・アルバムである。“失恋”というパーソナルかつ普遍的なテーマのもとに制作されていて(ただ最終曲“コールデスト・ウィンター”は母親の死を悲嘆する曲)、コンプレックスの塊のようなサウンドなんだけど、だからって独り善がりなオナニーに陥ることはなく、1曲1曲の情報量はとことんミニマルだから聴き易い。それはタイトルが示唆する通り、全曲、80年代に重宝されたTR-808によるプリミティブなビートによるところも大きい。あと、ラップしていないために、1曲の言葉数が最低限必要なもののみに抑えられていて、それは“あいつらはおれみたいに君を愛せない”とか“人生は公平じゃない”とか極めて露骨で、カニエの感傷が剥き出しになっている。でも、ミニマルで、テクノロジーが古くて、露骨だからって、単純で懐古的で陳腐な作品では決してない。それこそがカニエの天才さであり革新なのである。

カニエの偏執的なこだわりが細部まで感じられるアートワークもいい。織り込まれた母親とのツーショットのグラビアには泣けた。(内田亮)
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