世界の終わりにティーンエイジャーの救世主誕生

ビリー・アイリッシュ『ホエン・ウィー・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥー・ウィー・ゴー?』
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ALBUM
ビリー・アイリッシュ ホエン・ウィー・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥー・ウィー・ゴー?

娘さんが大ファンということからライブを観たデイヴ・グロールが、そのファンの熱狂を「1991年のニルヴァーナを思い出す」と形容。まだ17歳のビリー・アイリッシュの現象を『ネヴァーマインド』時の彼らに重ねたため、それがヘッドラインとなって一瞬で世界を駆け巡った。しかも定義できない彼女の音楽は「本物」であり、「ロックンロールは全然死んじゃいないと思った」とまで絶賛。実は、スティーヴン・マルクマスも同様のことを言っていたし、彼女が大ファンだというグリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロングも、インスタに“ビリー”組のハチマキをして応援していた。90年代組にやたらと愛される彼女は、2016年に14歳でシングルを出して以来、10代の女の子達が取り憑かれたように夢中になる現代のカリスマだ。すでに発表されたアメリカ・ツアーでは6000人キャパの会場も即完し、ひとりでオルタナ・ムーブメントを起こしているとすら言える、間違いなくこの10年で最大の“事件”にして、すでに破格の大スターなのだ。つまり、今世界が最も注目する中で発表されるのがこのデビュー作『ホエン・ウィー・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥー・ウィー・ゴー?』なわけだが、これが期待を全く裏切らない“スター”の名に恥じない驚異のアルバムだった。オーバー・サイズのスウェットに、スニーカー、ニット帽というスタイルで早速、既存の女性アーティスト像に反旗を翻し、人の言いなりにはならないと自己主張をする彼女。それでいて、実は現在のファッションのど真ん中でもあるというのも彼女がスターである所以だ。これまでに発表したMVでは目から黒い涙を流したり、本物のタランチュラ(蜘蛛)が口内を這ったり、または背中を注射針で刺されたりと、考えうる限りの恐怖とダークなビジョンで埋め尽くす。また、その世間を睨みつけるような目つきは、90年代だったら、「世界なんてデタラメだ」と言ったフィオナ・アップルや、最近だったらロードの放つリアルさとも重なる。デイヴ・グロールが「定義できないサウンドだが、ロック」と言ったのは、きっと彼女がデフォルトで、「世界は所詮クソだ」という視座に立っているからだと思うのだ。そしてその世界観は、デビュー作でも同様に貫かれている。アルバムの中でも歌われている通り、地球温暖化で《カリフォルニアの丘が燃え上がり》、彼女と同年代のキッズが通う学校では銃乱射事件が起きる。彼女が見つめている世界は、間違いなくディストピアであり、この作品で彼女はその世界へのまっとうな反発をしているのだ。例えば、遠くに世界が崩壊するようなサウンドが聴こえる中、《私を救うのは無理/悪いけどどうすればいいか分からない/出口はない/落ちていくだけ》と歌い、世界の終わりへ向けて、あまりに冷静沈着な回答をここで提示している。しかも、ラナ・デル・レイなどに影響を受けたという彼女は、そんな世界や思春期の恐怖、不安、混乱、怒りに満ち溢れた自分をスクリームや爆音のノイズで爆発させる代わりに、ウィスパー・ボイスと超ミニマルなエレクトロ・ビートで表現してしまう。そこが独自だし、しかも、兄のフィニアスと実家のベッドルームで作ったこのDIYサウンドは、思い切りキャッチーで、洗練されたとすら言いたくなるインダストリアル、ゴス・サウンドや、絶妙なボーカルのハーモニーなどで構築されている。どれもヘッドフォンで耳を澄ますことで聴こえてくるララバイであり、呪文のようでもあり、時に悪夢のような囁きでもあり、だからこそ、その声がダイレクトにリスナーの耳に飛び込むのだ。ただ、ひとりひとりへの囁きがライブになると、詞の一字一句が大合唱となる、会場全体が飛び跳ねまくるパンク・ロックのムーブメントのようになるから驚きなのだが。アルバムのタイトルでもある「眠りに落ちたら、私達はどこに行くの?」という説明のつかない恐怖を抱えた彼女は、あまりに怖くて「自分を殺してしまいたい」という衝動にすら取り憑かれている。ただ、この作品にはそれだけではなく、例えば彼女が初めて体験した恋など、思春期らしい成長物語も幅広く詰め込まれている。《あなたがゲイだったら良かったのに》とか、またはウクレレをかき鳴らしながら、《もう行く/あなたの気持ちが全然分からない》とビタースウィートに奏でていたりもする。

笑い声に始まり、アコギで世界一悲しみに暮れたような“アイ・ラヴ・ユー”と、あまりに孤独な“グッドバイ”をララバイのように囁きながら終わる今作。それは、世界の終わりを見つめながらも、「大丈夫だよ」とキッズを優しく抱きしめるように響く。だからビリー・アイリッシュは、ティーンエイジャーの救世主となったのだろう。 (中村明美)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』5月号に掲載中です。
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ビリー・アイリッシュ ホエン・ウィー・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥー・ウィー・ゴー? - 『rockin'on』2019年5月号『rockin'on』2019年5月号
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