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レックス・オレンジ・カウンティ『ポニー』
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レックス・オレンジ・カウンティ ポニー - 『ポニー』ジャケット『ポニー』ジャケット

2018年のサマーソニックで初来日を果たしたレックス・オレンジ・カウンティ、あの時の彼のパフォーマンスは、今も鮮明に覚えている。夏休みの中学生のような半パン姿でステージに登場した彼が、一切の気負いがないままにギターにピアノに歌にと、どんな気ままなルートで多様なジャンルを跨いでいっても、最後には必ずポップ・ソングとしての正解に辿り着いてしまう様が、あまりにもマジカルだったからだ。ロイル・カーナーやコスモ・パイク同様にブリット・スクール出身、デモに毛が生えた程度の1曲でタイラー・ザ・クリエイターにフックアップされ、彼の『フラワー・ボーイ』のオープナーでコラボ、フランク・オーシャンにも注目され……とプロフィールも19歳の少年のそれとしては出来すぎだったアレックス・オコナー。前作『アプリコット・プリンセス』は、まさにそんなギフテッドな少年が無自覚に作り上げてしまった傑作だった。

でも、昔の偉人が「天才は1%のひらめきと99%の努力」だと言ったように、魔法にも思えた彼の音楽も愚直な努力と試行錯誤を辿った末の産物であったということが、この2年ぶりの新作を聴くと理解できるはずだ。本作は努力すること、向上心自体がテーマになっているアルバムでもある。21歳になったアレックスが、遥か高みの山の連なりを目指し、麓から一歩ずつ登っていくようにこのアルバムを作ったのだということが窺える。

アレックスの少年期の象徴のようなファニーなシンセと、スムーズなソウル・ギターのコンビネーションが大人への過渡期を告げる1曲目の“テン・アウト・オブ・テン”は「10点満点」の意味だ。《今の自分はまだ5点でしかない、いつか10点満点になれたら……》と彼は歌う。まさに過渡期、理想への道半ばの現状認識から始まるのだ。そしてゴールには程遠いという前提があるからか、本作は1曲毎の完成度よりも「もっとできるはず」という未来の余白を感じさせるナンバーが多い。

エド・シーラン、はたまたマイク・スキナーを彷彿させるローファイでポエトリックなラップで始まり、いつしかそれがビッグ・バンド・ジャズへと膨らんでいく“レイザー・ライツ”にしろ、ゴスペル・コーラスとサウダージなギター、アフロ・ポップの足取りで跳ねるリズムにハンドクラップまで重なり合っていく、エクレクティック極まりない“フェイス・トゥ・フェイス”にしろ、本作で驚くのは1曲の中で常に音のレイヤーの順番が変化し続けていることだ。一度二度と繰り返すヴァースやブリッジも、一度目の主役はギターで二度目はピアノ、最後は打ち込みと前面に浮かび上がってくるサウンドが常に入れ替わっていて、そこには今この瞬間よりもベター、ベストな数秒後を目指していくかのようなアレックスの前のめりの意気込みを感じる。その一方で凝った作り込みに没入しすぎないと言うか、常に体温に近い仄かな温もりをキープし続けるメロディ・ラインの肩の力の抜け具合は、十代の頃から変わらない彼のチャーミングな気質の表れだろう。

本作の1曲目でファースト・シングルでもあった“テン・アウト・オブ・テン”が5点の現状を認識するナンバーだったとしたら、セカンド・シングルであり、本作の後半の軸となる“プルート・プロジェクター”は、限りなく10点に近づきつつあるアレックスの手応えを感じさせるナンバーだ。ポール・マッカートニーエルトン・ジョンから受け継いだ彼の先天的なポップ・アルチザンとしての資質がオーケストラによって昇華され、巧みにピッチ・コントロールされたR&Bボーカルは、彼の後天的なサウンド・メイカーとしての成長の記録として鳴っている。スティーヴィー・ワンダーに出会ってソウルに目覚めた少年が、タイラーらとのコラボの中で学び、血肉化していったプロセスの成果をここで目の当たりにするのだ。ガジェットのひとり遊びから始まった彼のベッドルーム・ミュージックが、かくも優雅な室内楽としてのピアノ・チューンへと至った“エブリ・ウェイ”も感動的だし、ストリングスをヒップホップ的にコラージュしていく“イット・ゲッツ・ベター”も新境地の一曲だ。

「これを書きながら泣きそうだよ、大変だったここ数年を思い出してしまうからね。支えてくれたみんな、本当にありがとう。このアルバムは僕の人生を変えるだろう」と、本作のリリース日にインスタグラムに綴っていたアレックス。その大変だった日々が報われた瞬間、彼の胸に込み上げてきた熱い想いの正体は、6分超えのエピックなラスト・チューン“イッツ・ノット・ザ・セイム・エニモア”で明らかにされている。《もう前の僕と同じじゃない、人生はずっと大変になった》と彼は歌う。でも、いやだからこそ、《僕はどんどん良くなっているんだ》と、高らかに歌っているからだ。 (粉川しの)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
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レックス・オレンジ・カウンティ ポニー - 『rockin'on』2019年12月号『rockin'on』2019年12月号
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