精神科も処方薬も拒絶したカニエの心療信心アルバム

カニエ・ウェスト『ジーザス・イズ・キング』
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ALBUM
カニエ・ウェスト ジーザス・イズ・キング

18年の『イェー』以来となる新作だが、全編ゴスペル色の濃いアルバムで、神と自身の信心について綴った「クリスチャン・ラップ」という内容だ。カニエは19年に入って、“サンデー・サービス”というゴスペル活動を開始していて、自分の楽曲やカバー曲をゴスペルとして披露するパフォーマンスを続けてきたことから、この展開はある程度予想されたものではあった。しかし、全編自分の信心について取り上げているところが衝撃的で、これほど影響力のあるアーティストとしてはボブ・ディランが自身の信仰心を作品化した79年の『スロー・トレイン・カミング』以来の衝撃だといってもいい。特にカニエを追ってきたファンなら、次回作にはかなりハイパーなアルバムになりそうな『Yandhi』を予想していただけに、これは青天の霹靂といってもいい事件だったはずだ。どうしてこういうことになったのか。

そもそも前作『イェー』はカニエの作品としてはそれまでの異常なパワーを感じさせないところが特徴的だったが、それもそのはず。16年の『ザ・ライフ・オブ・パブロ』のツアーで自身が精神的にダウンし、入院を経たうえでのリハビリ・アルバムという性格と内容になっていたからだ。その中でカニエは自身の双極性障害について吐露し、自身の状況や心神喪失状態に陥った際の行状と真摯に向き合っていき、その姿が感銘を呼んだ。さらにこのアルバム制作中には精神科の処方薬を使うのをやめ、その結果、「また自分自身を感じられるようになった」ともアルバム中で明かしていて、そのまま処方薬を断つことになった。

そのせいか、新作制作に乗り出すと、自身のあだ名の「Ye」と「ガンディー」を組み合わせた『Yandhi』をタイトルとして掲げ、13年の『イーザス』(「Ye」+「ジーザス」)や『ザ・ライフ・オブ・パブロ』に匹敵する誇大な情念に突き動かされた内容になることはまず間違いないように思えた。しかし、18年にリリースを予告しながらも、度重なる延期が続き、その果てにカニエはウガンダへ赴いてレコーディングを敢行すると宣言し、そのまま『Yandhi』については情報が立ち消えていった。

それが突然、18年末にカニエは自ら率いるゴスペル隊、サンデー・サービスの活動開始を発表。その後、新作のタイトルが『ジーザス・イズ・キング』となったことが発表された。それがこの新作なのだ。セールスはポップ、R&B/ヒップホップ、サウンドトラック、クリスチャン、ゴスペルと5部門のチャートですべて初登場1位に輝くという空前の記録を打ち立ててみせたが、もちろん、カニエの新作という期待感と話題性がこのセールスを生んだといえなくもない。しかし、あまりにもカニエらしい楽曲が揃っているのも事実で、特に今の時代の視聴環境の性格上、ついつい聴いてしまうという魅力がそのままセールスに直結しているといってもいい。それだけ曲がいいのだ。

それにクリスチャン・アルバムとはいえ、サウンドは完全にカニエの世界になっている。しかも、カニエは絶対的な信念をもって全力をこのアルバムに注いでいるので、サウンドの説得力は前作『イェー』とはまるで違う。楽曲のバリエーションも見事で、どれもドライブ感満点、特に“ウォーター”や“ハンズ・オン”などはエレクトロニック・ソウルとして先鋭的でなおかつポップとなっているところがあまりにも素晴らしい。もちろんゴスペル色の濃い楽曲も多いが、そもそもカニエは04年の『ザ・カレッジ・ドロップアウト』の名曲“ジーザス・ウォークス”でゴスペルをヒップホップとして打ち出すという革命的なアプローチを編み出した張本人なのでまったく違和感もなにもないのだ。

しかし、最も重要なのは、今や古典的ともいえるカニエ・サウンドとともに父親との関係をまくしたてる“フォロー・ゴッド”だ。シングル・マザーの家庭で育ったカニエにとって父親との関係は自身の精神の根本的な問題となってきたからだ。そして、この曲ではその関係はなんの解決も見ていない。しかし、ここでは父親との軋轢を取り上げたことが素晴らしいのだ。それはカニエが自身の精神状態の全貌に創作と音楽のみで向き合い、把握したことを意味しているからだ。サンデー・サービスを立ち上げる際、カニエはチャンス・ザ・ラッパーとのコラボレーションのため、シカゴや自分のルーツを再訪せざるをえなくなったことが大きなきっかけになったと語っている。おそらく今回のゴスペルと宗教体験のせいでカニエは自身の抱える問題の根っこを探し当てたのだろう。『Yandhi』も聴いてみたかったのは確かだが、音楽と信心だけで自身の心の危機を乗り越えるという感動がこの作品にはあるのだ。 (高見展)



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カニエ・ウェスト ジーザス・イズ・キング - 『rockin'on』2020年1月号『rockin'on』2020年1月号
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