どこであろうと踊らない

ペット・ショップ・ボーイズ『アイ・ドント・ワナ』
発売中
ALBUM
ペット・ショップ・ボーイズ アイ・ドント・ワナ

20年1月にリリースされた『ホットスポット』はスチュアート・プライスによる連続プロデュース3作目にして、その前の2作『エレクトリック』と『スーパー』がビートを強調したダンス・オリエンテッドな挑戦作だったのと対照的な、ニールのボーカルを前面に出した強靭なポップネスに溢れるものだった。伝統あるベルリンのハンザ・スタジオの機材を用いた高級感ある音色と、彼らならではのチャーミングな軽薄さを自然に同居させたそのサウンドは、キャリア35年強にしてペット・ショップ・ボーイズの黄金律を再提示して見せたといっていい堂々たる仕上がり。改めて、見事の一言。本作はそんな『ホットスポット』からのシングル・カットで、表題曲とそのリミックス3バージョン、また1984年に書かれ時を超えて仕上げられた、メロウなボーカルが重層的なビートと混じり合う美曲“ニュー・ボーイ”が収録されている。百花繚乱にメロディが咲き誇る『ホットスポット』においては比較的トラックに比重を置いた表題曲、またリミックスが3つともリズムへのアプローチに特化した作りになっていることをふまえると、本作は彼らが次にまた心のままに好きな場所へ向かえるように、冒険が出来るように、『ホットスポット』で傾いた重心を整えるための一手であるようにも思える。充実した時期だからこそ、足元を固めてしまわずにあえてバランスを取ること。とんでもなく長い間、高い位置に居続ける稀有な大ベテランならではの如才ない立ち振る舞いだ。なお、表題曲のコーラスでは、軽快なダンス・ビートに乗せて《出かけたくない、踊りたくない》と繰り返される。制作時期を考えれば当然偶然、しかしもちろん、これも優れたポップが意識せずとも時代と呼応してしまう一例である。 (長瀬昇)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』6月号に掲載中です。
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ペット・ショップ・ボーイズ アイ・ドント・ワナ - 『rockin'on』2020年6月号『rockin'on』2020年6月号
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