The 1975のマシュー・ヒーリーは『仮定形に関する注釈』について、ザ・ストリーツからの影響を認めていた。The 1975に限らず、幅広いジャンルのUKアーティストにとって、ヒップホップに英国的ストリート・ポエットの魂を吹き込んだストリーツことマイク・スキナーは、今なお揺るぎない指針であり続けている。2010年代をほぼ沈黙で貫き通したことを思えば驚くべき影響の持久力だが、約10年ぶりの新作となる本作も、モックニー・ブルースとでも称するべき脱力したラップ、対照的に凛としてエレガントなガラージの脱構築的センスや、時代を写し取るリリカルな言葉は全く古びていない。
テーム・インパラやアイドルズ、The D.O.T.の盟友であるロブ・ハーヴェイから、ミス・バンクス、ジモシー・ラコステら注目のラッパーまで、ストリーツをリスペクトするアーティストたちとコラボした本作は、体裁としてはミックス・テープになる。ケヴィン・パーカーの甘くリフレインするボイスにアンニュイなピアノ・ループが重なる“コール・マイ・フォーン〜”から、アイドルズのドス声を唸り上げるシンセベースが下支えする“ナン・オブ・アス〜”など、がっつり融合を目指すよりも、互いの持ち味をコラージュ的に切り貼りしていく距離感が今っぽい。彼らとの制作中のやりとりは電話のみだったそうだが、“コール・マイ・フォーン〜”のMVもまたスキナーがコラボレーターたちに次々電話するという内容で、冒頭、彼のガラケー(そう、ガラケー!)には「Social Distancing」の文字が映し出される。他者との距離が推奨される今、スマホがなかった時代(それは『オリジナル・パイレート・マテリアル』の時代でもある)のコミュニケーションをオマージュするあたりも、スキナーらしい視点だと思う。 (粉川しの)
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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』8月号に掲載中です。
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