救いは自分の中に(たぶん)ある

スフィアン・スティーヴンス『ジ・アセンション』
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ALBUM
スフィアン・スティーヴンス ジ・アセンション

フォーキーな歌心とコンセプチュアルな実験性を融合させ、一種信仰に近い献身的なファン基盤を築くと共に高い評価を維持してきた00年代以降のUSインディ・カリスマのひとりであるスフィアン・スティーヴンス。多数のメディアから年間ベストに選出された前作『キャリー・アンド・ローウェル』(2015)、映画『君の名前で僕を呼んで』のために書き下ろした“ミステリー・オブ・ラヴ”のアカデミー賞ノミネートと過去数年の間にその名が徐々に浮上してきたところで、久々の新作となる8thが登場する。多作な彼はこの間もザ・ナショナルのブライス&ニコ・マーリーらとのコラボ、バレエ向け音楽、父親と共演したインスト作品他様々なプロジェクトに意欲的に取り組んできたとはいえ、耳と心の双方で没入できる世界観をアルバムごとに編み上げる人だけにその「新たな一手」を待ちわびていた人は多いはずだ。

亡き母への追悼の意を込めた繊細かつパーソナルな歌で綴った『C&L』に対し、今作は前々作『ジ・エイジ・オブ・アッズ』(2010)やサン・ラックスとのヒップホップ・ユニット=Sisyphusの系譜にゆるく連なる、エレクトロに広がる絵巻的な作風になっている。過去に「自分の声にもバンジョーにも、アコギにも飽きる」ことがあると語っていた彼は、振り子のようにアコースティックとエレクトロニックの両極を行き来する。汚れなき少年のごとき歌声と癒しのメロディ&言葉をストレートに堪能できる前者を好む人――スフィアンをエリオット・スミスの後継者と看做すのは大いにありだ――はこのシフト・チェンジに戸惑うのかもしれない。だが、グリッチーな音作りとリリカルな歌との異化作用/ぶつかり合いが新鮮だった『〜アッズ』の実験を経て、本作は打ち込み、アンビエントで抽象的なシンセの波、サウンドコラージュ、ボーカル加工等といったプロダクションの主成分をより効果的に歌とポップとに融合し内面化することに成功している。

興味深いのは80年代が参照されている点で、「パーソナル・ジーザス」の印象的なフレーズとキャッチーなシンセ・リフから浮かぶデペッシュ・モード(③他)やティアーズ・フォー・フィアーズ“狂気の世界”がチラつく④といったエレポップ味、インダストリアルなビートの援用、一種の組曲と言える圧巻な⑪⑫でのプリンスを思わせる硬質なファンクネス等、ダークな世界VSポップという陰陽の対比から生じるドラマ性とそのモダナイズ&ひねりが随所でアクセントになっている。呼応するように、基本的に微熱が平温な彼にしては珍しく①でのシャウトを筆頭とするエモいボーカルや宗教的/今っぽい官能性がにじむエクスタシーの嘆息もちらばっている。あそこまで大胆なポップ界への攻撃ではないものの、音楽的な飛躍という意味で言えばセイント・ヴィンセントの『マスセダクション』に通低する味だ。
 
75年生まれのスフィアンからすれば80年代は思春期の音であり、おそらく彼にとってもっとも肌感覚でなじみのある音楽的な記憶のひとつ。そのいわば「安全圏」に彼が胎児のごとく回帰しているのは、本作を包む否定や疑問、パラノイアや逡巡、不安感、しつこくつきまとう鬱といったネガな影の数々を思えば不思議はない気がする――⑦のタイトルはずばり、抗不安精神安定剤の商品名だったりするのだし。言い換えれば、『C&L』で過去のチャプターにひとつの区切りをつけ、彼はここで再び自らの現在にフォーカスしているということ。本作の起点になったとされる壮大な最終曲⑮のルーツは2014年にまで遡るというし、現在進行中のコロナ禍とそれによって暴かれ勢いを増した社会変動の数々を受けて生まれたものではない。だが、人心を感受し掬い取るアンテナでもある優れたアーティストは一種の預言者でもあるわけで、彼が過去数年間抱えてきた恐れや怒りや不安は今の我々のメンタルともいやおうなくシンクロしている。③⑮の歌詞から察するにそのフラストレーションが向かう対象は現在のアメリカが象徴する消費文化という強力なウィルスであり、それらに憤り、拒絶し、個としての自発的なアクションを求めて高み=アセンション(上昇/昇天)を目指すことが本作のバックボーンになっているようだ。教会のステンド・グラスに似た本作のジャケットや聖歌を思わせるコーラスからもうかがえるように、ここには信じる何かを失った者の救済を求める思いがあり、優雅に紡がれた悲痛はアポカリプス的な結末を迎える。ある意味前作以上に私的な、スフィアンの心と頭をさらしたと言えるディープな80分以上の心象世界。楽曲単位で楽しむことももちろん可能だが、ぜひ、覚悟を決めてアルバムとして向き合って欲しい作品だ。 (坂本麻里子)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。
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スフィアン・スティーヴンス ジ・アセンション - 『rockin'on』2020年10月号『rockin'on』2020年10月号
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