荒野を吹きわたる風のようなサウンド・エフェクトの中、まずは3人のサポート・メンバーが登場。ドラマーとベーシストに加え、中央でサンプラーやシンセサイザーなど4台ほどの小型の機材が置かれた場所に女性メンバーが位置取る。フジロックでの来日時と同じ、バンド編成でのライヴだ。遅れてアーネスト・グリーンがステージ上手のキーボードの前に現れ、2010年発表のEP『Life of Leisure』からの“Hold Out”に入る。
カセットテープ200本限定でリリースされた初期のEP『High Times』のオープニング曲“Belong”(1月11日にリリースされた日本独自企画盤『Amor Fati』にも収録)では、レゲエのリズムにオリエンタルなメロディが乗せられる。人気曲“Soft”はこれ以上ないくらいポップでポジティヴな曲に変貌を遂げているが、こうしたアレンジメントが即席のエレクトロポップのようなものに堕さずにいられるのは、DJシャドウに大きな影響を受けたというアーネスト・グリーンのヒップホップに根ざしたサンプリング技術への深い造詣のためなのだろう。作りこまれた音色、その抜き差しとコンビネーション、必要十分な和声進行、そしてビート・メイキング(今夜はそれがドラムで再現されているわけだが)の巧みさには瞠目すべきものがある。
初めのうちは比較的静かな様子だったフロアにも、セットが進むにつれて次第に本物の興奮が宿ってきているのが伝わってくる。「みんな来てくれてありがとう。今夜は東京で初めてのクラブ・ショウなんだ。本当に嬉しいよ」とアーネストは繰り返し手を振りながら応え、やはり限りなくポップな、しかしそれに対して適度に「おもし」の機能を果たすように抑制の利いたヴォーカル・メロディを持った“Amor Fati”と“You'll See It”で本編をまとめる。
そのような音楽が、大学卒業後の就職に挫折し、地方の実家に帰ったアーネスト・グリーンによってベッドルームという極めて限定された空間で作られたこと、つまり社会という空間を獲得することを拒絶された人間の傷口から生まれ出た作品であることは示唆的であると思う。
彼は図らずもそういった作品そのものによって社会における立場を見出したわけだが、彼の音楽が探求する調和と一体感は外界だけに限られたものではないだろう。例えばアンビエント・テクノの先駆者であり、<Kompakt>レーベルの創設者でもあるウォルフガング・フォイトのプロジェクトGASが表現した森(http://www.youtube.com/watch?v=wYzQ4dr1b9w)が実際にケルン郊外に存在する森であるのと同時に私たちの心の内奥に息づく森でもあるように、ある種の音楽においては内面と外界(within and without)が完全に呼応しているのだから。
セットリスト
1. Hold Out
2. Far Away
3. You and I
4. Before
5. Feel It All Around
6. Belong
7. Olivia
8. Soft
9. New Theory
10. Amor Fati
11. You'll See It
アンコール
12. A Dedication
13. Eyes Be Closed