ヒダカトオルとフェッドミュージック@新代田FEVER ゲスト:木下航志

ヒダカトオルとフェッドミュージック@新代田FEVER ゲスト:木下航志
ヒダカトオルとフェッドミュージック@新代田FEVER ゲスト:木下航志
 5月16日に発売されたファースト・フル・アルバム『REPLICA』のレコ発として全国8箇所をまわるツアーの2本目となる本日。まだアルバム1枚分の持ち曲しかないのに、凄まじい量のMCにより合計3時間弱(ゲスト含)という過剰なほどのサービス精神と、またそれを上回る音楽への愛情に満ち溢れたステージを観ることができた。

 最初にステージに登場したのは、盲目のソウル・マン木下航志。正直、彼のライヴは初めてだったのだが、1曲目の最初の1コーラスだけでもう本物だと確信させられる、圧巻のヴォーカリゼイションに驚かされた。また、ピアノ弾き語りのスタイルで、しっとりと歌い上げ聴き惚れさせるだけでなく、曲によってはがなり捲し立てるスタイルを取ることでグルーヴをハードにドライヴさせていたのが素晴らしかったと思う。

 セットチェンジを経て、白いスーツでビシッと決めた5人が現れる。おぉっ、これは格好良い、と思っていると、「せーの、ヒダカトオルとフェッドミュージックです」(「せーの」の後、見事に全員バラバラ)という、先制パンチを食らい、その細やかな仕込みにヒダカトオルのバンドを観に来ていることを再確認させられる。ヒダカはライヴの間にも「あっどうも、カジヒデキです!45歳です!」、「今日はカジ君を意識したハーフパンツです!」とこのバンドの設立理由に深く関与しているカジヒデキいじりを炸裂させたり、パンくんことドラムの秋元雄介が今ハマっているというスギちゃんのものまねで「○○だぜぇ~」と曲紹介をした後「おスギちゃんです!必見です!」と会心のボケを放ったりと、MCの度にフロアを笑い声で満たす貫禄のエンターテイナーっぷりであったと思う。

 しかし、演奏を始めるとステージ上の空気は一変。アルバムにおいては勢いやノリを封じ込めることよりもどれだけメロディを活かせるかという、かなり曲に寄り添った演奏を聴かせてくれた彼らだが、ライヴではエッジーなロック・バンドとしての姿をはっきり表面に出していた。高音の抜けが良い華やかな印象のドラムを軸とし安定したプレイを続けるリズム隊の上に、色香とイノセントが同居したような久楽陸の声と、どれだけ陽気なメロディを歌ってもその裏側にセンチメントが張り付くヒダカの声、それぞれ異なる個性が絡み合いながら乗っかると、非常に快楽指数の高い、言わば「脳が喜ぶ」ような感覚に包まれる滅法楽しいサウンドが現出するのだ。特にそれが顕著だったのが、アルバムのリード・トラックでもある“Double Fantasy”。キャッチーなコーラスが聴き手の意識を呼び込む冒頭から、音源よりも一層切れ味を増したファンキーなカッティングが際立つ平歌に行き、キーボードとヴォーカルのメロディが一気にスケールを広げる開放感溢れるサビに入る、その曲展開の全てに心を鷲掴みにされる。音源で充分に素晴らしいと認識していたつもりだったが、そのさらに上をいく演奏に、思わず膝を打つような心持だった。

 ライヴの中盤には、アルバムのレコーディングに参加した縁から、ヒックスヴィルのメンバーでオリジナルラヴやフィッシュマンズ等多数のバンドのサポートを務める(最近では曽我部恵一with PINK BANDでの熱演も印象深い)名ギタリスト・木暮晋也がステージに招かれ、バンドとのセッションを披露する一幕が。シンプルなカッティングだけでもとんでもなくグルーヴィになってしまう抜群のリズム感と、マーク・リボー辺りを彷彿とする痙攣ギター・ソロによって、グッとバンドの音を引きしめ、ときに殺気までを放つ(画的にはとても楽しそうなのだけど)至極のプレイ。マイケル・センベロの“Maniac”カヴァー(原曲を遥かに凌ぐスリリングな演奏!)を含む全4曲、嵐のようにエネルギーを放出し、颯爽と去って行った。

ヒダカトオルとフェッドミュージック@新代田FEVER ゲスト:木下航志
 2度行われたアンコールでは、木暮晋也と木下航志が再度ステージに招かれANDREW GOLDの”LONELY BOY”を演奏するという、大変豪華なセッションが行われた。いや、ただ豪華というだけでなく、ロックンロール、ポップス、ソウル、ファンクという様々なジャンルのポップ・ミュージックがステージの上で何の違和もなく混ざり合っている様が、非常に感動的だったのだ。ヒダカトオルとフェッドミュージックはそのコンセプトにおいて80年代のA.O.R.(アダルト・オリエンテッド・ロック)を謳っているが、実際に彼らの音楽がまんまA.O.R.かというと、そうではないのである。A.O.R.とは、大人の鑑賞に耐えうるものとしてクオリティを高めつつ、それゆえに当時のロックへの優越と蔑視を多分に含んでいたため、逆にロック・キッズからは疎まれがちな音楽だったはず。しかし、そういった選民的な感覚は、ヒダカトオルとフェッドミュージックにはない。かといってもちろん、逆にA.O.R.に対し摩擦を起こすような攻撃性も、ない。思想や概念を取り除いた「良質な音楽」としてのA.O.Rを中心に、あらゆるポップ・ミュージックに敬意を払い愛情を表す抱擁力溢れる姿勢ゆえに作り得る限りなくジェントルなポップ・ミュージック、それこそがヒダカトオルとフェッドミュージックなのだ。そして、その音楽愛が、新たな2人の音楽マニアのそれと合わさり、フロアに集まった音楽フリーク達をも飲み込む巨大な光となったのがあのセッション光景だったのだと思うのである。(長瀬昇)
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