ビョーク @ 日本科学未来館

会場に足を踏み入れてまず最初に驚かされたのは、何と言っても近さだった。ステージの四方を客席が囲むいわゆる360度ステージなのだが、客席とステージを隔てる隙間はごく限られたもので、ステージの高さも1メートル弱、後方着席ゾーンに座るとちょうど目の高さにビョークがいる、という状態になる。今回の公演のキャパは800人だったそうだが、その800人が四方に分散しているので普通のライヴハウスよりも格段に近く感じられるのだ。

そんな近さも関係しているのだろうけれども、開演前にもうひとつ気づかされたのが木の匂いだった。これはステージ上に置かれたいくつかの木製の楽器が放つ匂いで、楽器というか、なかにはオブジェのような物体も存在する。ちなみにそれらの楽器については会場の外の展示スペースで紹介されているので、8月6日にご覧になる方は開演前にチェックしておくといいかもしれない。展示によると、ステージの東側に置かれていたのはパイプオルガンと「ガムレステ」。ガムレステはインドネシアの民族音楽ガムランの響きと鍵盤楽器チェレスタを組み合わせたオリジナルの楽器だという。そのガムレステの横に置かれた巨大な木製の振り子のような装置が「グラヴィティ・ハープ」。文字通り重力によって音楽を生み出す創作楽器だ。

グラヴィティ・ハープ、ガムレステ、パイプオルガンが設置されたステージの東側に対し、西側にはドラムセット&パーカッションとキーボード&サンプラーがそれぞれ角を占め、真ん中にはもう一段高くなったステージが設置され、頭上には8枚の巨大なスクリーンが掲げられている。「バイオフィリア」というプロジェクトにおけるライヴの風景だ。

「バイオフィリア」とはスタジオ・アルバム、タッチスクリーン用アプリ、ウェブサイト、カスタム・メイドの楽器、ライヴ・パフォーマンス、そして教育的ワークショップから構成されるマルチメディア・プロジェクトだ。この日のライヴはそんな「バイオフィリア」プロジェクトの一要素であり、日本科学未来館という特殊な会場が選ばれたのも、ライヴ以外のバイオフィリア、特に教育的ワークショップの場として相応しかったからだろう。なお、「バイオフィリア」のツアーは2011年7月の英マンチェスターを皮切りに3年間で世界8カ所での開催が予定されている。今回の東京は8カ所目にしてアジア唯一の開催地だ。

20時の開演を前にステージにスタッフが登場し、「今回のショウの録音・撮影は禁止です。撮影したものを家で観るのではなく、今ここで集中して特別なものを感じてください」とビョークのメッセージを伝える。そして、シンと静まりかえった会場にナレーションが流れ始める。これはBBCアースのデヴィッド・アッテンボローによるもので、「バイオフィリアとは自然・音楽・テクノロジーの融合である」、そんなアッテンボローのナレーションに促されるようにステージに続々とメンバーが登場する。ドラマー、プログラマー、総勢24人のコーラス隊「Graduale Nobill」。その布陣はフジ・ロック同様だ。そしてひときわ大きな歓声に迎えられて、ビョークがステージに現れる。大きく膨らんだ赤毛のヘアセットにブルー・ラメのミニドレス、そしてブルーのマントをひらめかせている。久々に間近で観たビョークは想像以上に小柄で華奢だったが、相変わらず圧倒的な存在感だ。

ビョークとコーラス隊が円になって合唱する“Óskasteinar”で始まったこの日のショウ、第一の主役は何と言っても「声」だった。ビョークの声を軸としてコーラス隊が時に数人ごとのグループに分かれて輪唱し、時に一斉に声を張り上げ、ビョークの声と対峙する。聖歌のようにオーセンティックに歌い上げたかと思えば、サンプラーと同期したシンセの効果音のように響き、かと思えば打楽器のように打ちつける強い点をも表現する。ビョークとコーラス隊の働きは実に自在で、音楽による自然とテクノロジーの越境を体現している。

“Thunderbolt”では天井からこれまた不思議な機材が降りてくる。これは「シンギング・テスラコイル」と呼ばれる超高電圧の変圧器で、アルミ製のケージに入っており、長さ1.5mの電気アークから音が出るしくみになっている……と、書いてもよくわからないかもしれないが、要はプログラミングされたビートと同期してケージ内で火花が散る、という機材なのだ。肉声がエレクトロのビートと呼応し、ビートが火花を生み、結果火花と声も呼応していくという有機と無機の互換作用、「バイオフィリア」の基本理念である「自然・音楽・テクノロジー」の融合を象徴する光景だ。

1曲終わるごとにビョークは「アリガトー」を繰り返し、その「アリガトー」を合図にアッテンボローのナレーションが挿入されるという段取りだ。“Moon”ではスクリーンに月の満ち欠けが映し出され、鉄琴をはじめとする幾多のパーカッションのコンビネーションで満ち欠けのサイクルを刻んでいく。そう、「声」に続く第二の主役は「ビート」で、“Crystalline”も完全にパーカッション主体のビート・ミュージックで、一斉にとり憑かれたように踊り始めるビョークとコーラス隊が圧巻だ。彼女達のダンスはめちゃくちゃフリーキーでありながら、実は方向やタイミングは制御されている。どこか円卓の前衛舞踏のような雰囲気を感じさせるものだった。

“Virus”ではまたひとつ新たな打楽器、「ハング」が登場する。中華鍋をくっつけて楕円球にしたような見た目のこの楽器は、手や指で叩く位置によって微妙に音程音色が変わるパーカッション楽器で、金属の音なのにどこか柔らかく温かい、“Virus”のようなフォークトロニカ調のナンバーにはうってつけの楽器だ。そして“Mutual Core”ではついに「グラヴィティ・ハープ」が動き出した。よく見るとグラヴィティ・ハープの4本の木柱にはそれぞれ琴の爪のようなものが設置されていて、弦を張った振り子が振れて往復するたびに、その爪が弦を爪弾くしくみになっていた。

「バイオフィリア」と冠しているだけあって、この日のセットは大半がアルバム『バイオフィリア』からのナンバーだった。アッテンボローのナレーションや映像も相まって非常にコンセプチュアルで、DNAを運ぶ血液(“Hollow”)のような「ミクロ」を精密に描写するエレクトロから、割れる大地やマグマ(“Mutual Core”)、宇宙(“Cosmogony”)のような「マクロ」を表現するダイナミックなグルーヴまでが存在したこの日のショウは、ミクロとマクロの対比と言うよりもむしろ循環を感じさせるものだったと言っていい。

ビョークは360度ステージを自由に動き回り、客席に身を乗り出すように歌い、踊り、時に笑顔も垣間見せる。こんなにチャーミングな生き物感を漂わせるビョークを観たのは久々で、つくづく極狭360度ステージの幸福な希少を噛みしめずにはいられなかった。「バイオフィリア」は「自然・音楽・テクノロジー」の融合を掲げた極端にコンセプチュアルなショウだが、退屈な学術嗜好とは一切無縁、あくまでも肉体的・本能的に理解可能だったわけだが、その中心にあったのはやはりビョークという人の生命体としての説得力だった。

アンコールの“One Day”はビョークと「ハング」だけのコラボレーションで、これが出色の出来、この日十数回目の狭さと近さと親密さを噛みしめることとなった。「アイ・ドント・スピーク・ジャパニーズ、ソーリー」とビョークは言うと、ここでメンバー紹介が始まる。「ゼイ・ラブ・ジャパン、ミー・トゥ!」と叫ぶビョークに場内は再びの大歓声だ。そして「次の曲はできたらみんな立って欲しいな。もし踊りたくなったら、踊ってくれて構わないよ」と言うビョークに促され、総立ちになった会場で始まったのが“Náttúra”。感電したかのように踊り狂うコーラス隊に煽られ、場内もカオティックな総ダンス状態へと突入していく。

そしてラストはもちろん“Declare Independence”だ。ステージとオーディエンスの間で「Highger! Higher!」のコール&レスポンスが繰り広げられる恒例のナンバーだが、800人が360度ステージの中心めがけて一斉に放つ「Highger! Higher!」のカタルシスは、いまだかつて感じたことのないものだった。「アリガトー!」と最後に叫んでビョークたちが去り、ガランとしたステージで撤収作業が始まっても拍手は一向に鳴り止まない。特別な一夜の感慨を何度も何度も噛みしめるかのような拍手だった。(粉川しの)
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