最後に起こった驚きのパフォーマンスも含めて、フェニックスが伝説の一夜を刻んでしまったライヴだった。こんなライヴをやっちゃって、既に決まっているサマソニのステージはどうするんだよ、と思わず余計な心配のひとつもしたくなるほどだった。約4年ぶりの来日公演、前日の大阪・IMP HALLを経て、東京・新木場STUDIO COASTである。グラミー受賞『ヴォルフガング・アマデウス・フェニックス』から新作『バンクラプト!』にかけての止まらぬ快進撃、加えて久々の来日ということもあってか、フロアは見事にオーディエンスで埋め尽くされていた。
ステージ手前側、上手からクリスチャン、デック、トーマ、ブランコと並び、後方の高台にサポートのドラマーとキーボード奏者が収まるという布陣は前回と変わらず。華々しくオリエンタルな旋律を繰り出して“Entertainment”を披露するオープニングだ。ここからデックが鍵盤上の低音をベース・ギターに切り替え、トーマの挨拶を挟みながらの“Lasso”。そして余裕綽々でオーディエンスに歌詞を預けてしまう“Lisztomania”と、もうこれだけで完璧な摑みである。緻密で、ポップ・ファン心をくすぐるフレーズが次々と交錯してゆく中に、いつでもサウンドを目一杯膨らませてやるぞ、という凄味まで忍ばせたパフォーマンスだ。
“Too Young”からそのまま傾れ込む“Girlfriend”、降り注ぐような照明効果がサウンドとシンクロしてみせる“The Real Thing”ときて、鍵盤上のトリッキーなベース・フレーズが支える“Run Run Run”は、オーディエンスのクラップを交えたインタラクティヴなプレイで楽しませてくれる。ただきちっと纏まったポップの構築美を目指すのではなく、そこには一期一会のライヴとしての遊び心が盛り込まれているのだ。それでも楽曲毎のフィニッシュはキメキメで、音が鳴り止むと同時にトーマの「メルシーボクー!」が届けられるのだからたまらない。ハーモニーとグルーヴに切実な思いを宿した“Fences”から、沸々と決意が熱を帯びる“Trying To Be Cool”にかけてはダンサブルに展開し、新作曲の演奏も充分にこなれているのが分かる。たっぷりと情感を含みながら“Drakkar Noir”で加速するサウンドには、大きな歓声が上がっていた。
《僕の愛は残酷さ》とリフレインする“Chloroform”は、フェニックス流の人力ダブステップと呼ぶべきだろうか。インスト・パートの面々がここぞとばかりに張り切っていたのは、“Love Like A Sunset”と“Bankrupt!”を融合させてしまったその名も“Sunskrupt!”だ。トーマが足元のモニターを枕にして寝転がり、楽しそうに聴き入っているのが可笑しい。近年の作品群の大成功は、フェニックスの面々にとってプレッシャーとして働くよりもむしろ、こうしたポップな実験精神を更に引き出す力として働いているのかも知れない。ブランコとクリスチャンがそれぞれステージの両端で、じっと息を合わせてギターのアウトロを寄り添わせると、フロアからは笑い声と大きな喝采が上がった。
フェニックスは、決して『ヴォルフガング〜』で唐突に大化けしたバンドではない。いや正直に言えば僕は、彼らのデビュー・アルバムや、90年代末〜00年代初頭におけるフレンチ・ハウス/ダンス・ポップのガイド的コンピ『My House In Montmartre』に触れていた頃、フェニックスはダンス・ポップ・バンドなのだと思い込んでいた。彼らがより広いレンジを持つ、ユニークな実験精神を備えたバンドだと気付かされたのは、セカンド・アルバムに触れたときだった。実験し、音源に記録し、ライヴでそれを血肉化して繰り返す。そんな地道な反復行程の先に、今のフェニックスの充実はあるのではないか。“Consolation Prizes”で弾け回り、“S.O.S. In Bel Air”に漂い、“Armistice”でトーマは前線のオーディエンスとゼロ距離で触れ合いながら、今回のステージを楽しみ尽くしているように見えた。そしてそのまま、重厚なシンセ・フレーズに導かれる“1901”だ。盛大な歌声を巻き起こして、本編はフィナーレを迎えた。
アンコールに応えてまず姿を見せたのは、トーマとクリスチャンの2人。トーマはまたもやステージ下に降りてしまい、クリスチャンのギター伴奏のみの“Countdown”を歌う。メロディの芯の強さが際立つ、美しいパフォーマンスだった。「もっとやって欲しい? じゃあ声を出して、メンバーを呼んでよ!」と再び6ピースが揃ったところで、眩いフラッシュライトに包まれながらの“Don’t”。更には「踊って!」と恍惚のダンス・タイムへと誘われる“If I Ever Feel Better”で頭上のミラーボールが回り、「まだ続けて欲しいのかい?」とプレイされる“Rome”を、オーディエンスの温かいクラップが後押しするのだった。
ライヴ序盤に披露されたはずの“Entertainment”がまた鳴り出したと思ったら……トーマ、なんとフロアの淵を移動し、スタジオコースト後方のバルコニーによじ登ってしまう。オーディエンスをどよめかせながら「サンキュー、サンキュー」と繰り返して2階席の柵を横伝いに進み(手を滑らせたら大変)、遂には反対側のバルコニーに到達。フロアを波乗りしてステージに戻って来てしまった。そりゃあ興奮もしたけど、もしもの事を考えたらやはり心配だ。そんなことをしなくても、間違いなく今回のライヴは、最高のポップ・マジックだったのだから。次回は、来るサマソニのフェニックス。また元気で戻って来て欲しい。期待してもし過ぎることはないと思う。(小池宏和)
01 Entertainment
02 Lasso
03 Lisztomania
04 Too Young
05 Girlfriend
06 The Real Thing
07 Run Run Run
08 Fences
09 Trying To Be Cool
10 Drakkar Noir
11 Chloroform
12 Sunskrupt!
13 Consolation Prizes
14 S.O.S. In Bel Air
15 Armistice
16 1901
encore
01 Countdown
02 Don’t
03 If I Ever Feel Better~Funky Squaredance
04 Rome