椎名林檎の「音楽による究極のおもてなし術」をセルフカバー集『逆輸入〜航空局〜』から学ぶ

椎名林檎の「音楽による究極のおもてなし術」をセルフカバー集『逆輸入〜航空局〜』から学ぶ

2014年にリリースされたアルバム『逆輸入 ~港湾局~』に続く第2弾として、2017年12月にリリースされた椎名林檎のアルバム『逆輸入 ~航空局~』。これらは彼女が他のアーティストに提供した楽曲のセルフカバー集だ。

『逆輸入 ~航空局~』には椎名林檎が2000年〜2017年にわたって、高畑充希や栗山千明ともさかりえ石川さゆり林原めぐみSMAPら、ジャンルを越えたスターたちに提供してきた全11曲が並んでいる。ドラマ『カルテット』の主題歌としてDoughnuts Hole(松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平)に提供した“おとなの掟”なども記憶に新しい。

思えば2000年にともさかりえに“少女ロボット”を楽曲提供した当時、彼女の女優としての華奢な佇まいとナイーブでアンニュイな魅力が、椎名林檎的世界観とあまりにも相性が良くて衝撃を受けた。椎名があつらえた荒々しいサウンドの中に宿る、少し舌っ足らずなともさかの声。シンパシーを感じていたであろうふたりのコラボレーションは見事に互いの似て非なる魅力を引き立たせる結果となった。そして今回、この曲をセルフカバーをするにあたっては「ただただ古くからご愛顧下さっているお客様へ、別のアプローチをお届けしたくて選曲しました」とのこと。東京事変でもカバーしたりと長く愛されてきた曲だが、村田陽一に全く新しい編曲を施してもらうことでストリングスやビブラフォンが加わった贅沢なサウンドに生まれ変わった。


その後も椎名林檎は作家として様々なアーティストに楽曲提供していくわけだが、例えば高畑充希が唄ったCMソング“人生は夢だらけ”は歌詞に必要なキーワードを散りばめるというお題に応えながら、ミュージカルで鍛えられた歌唱力を彼女がいかんなく発揮することで、もともとミュージカル女優になりたくて邁進してきた夢の底力みたいなものを音楽に注ぎ込ませているような、そんな仕掛けすら感じさせる。お仕着せではなく、相手の求めていることやこれまでの活動の流れを汲んだ上で、更に音楽的な理論や手法に基づいて今唄ってもらうべきものを提供してきた。これぞ楽曲提供の依頼が後を絶たない椎名林檎流の「おもてなし」なのだろう。

その最たるものが石川さゆりへの楽曲提供であり、今作には“暗夜の心中立て”、“名うての泥棒猫”、“最果てが見たい”の3曲が収録されている。石川さゆりが演歌界で背負ってきたものや、長く愛されてきた理由、女らしくもあり凄みさえ感じさせる歌唱時の存在感すら、しっかりと理解しながらも、椎名林檎だからこそ提供できる作品に挑んでいる。「その針の穴を捜して書くのが作家業の楽しみであり苦しみです」という妥協なき姿勢がさすが。“暗夜の心中立て”などは今回、石川さゆりが唄うためのオートクチュール部分を排した別アレンジで収録されており、楽器の鳴りやアレンジの違いで受け取る印象もガラリと変わっている。そんな、当たり前なんだけど音楽が持つ本来の自由さや、可能性を聴き手に提供しているところもまた音楽家としてリスペクトすべきところである。

このように作家として音楽家としてのスキルや、女性らしい勘の鋭さや心配りがあってこその「おもてなし」はもちろんだが、もうひとつ、椎名林檎はステージでのパフォーマンスにもこだわるエンターテイナーでもあるから書けたのではないかと思うのがSMAPに提供した“華麗なる逆襲”。テレビ番組などで共演したこともある彼女だからこそ感じている、彼らの魅力を引き立たせる楽曲をこの手で!と言わんばかりの輝きに満ちた音や華やかな楽曲展開。J-POPに対してもとことん研究し尽くして、ダンスやコンサートでの掛け合いまで考えながら作るのもまた椎名林檎流。

だからこそ、日本語が乗ると一番気持ち良い作りにメロディ自体も考えられていると思うのだが、セルフカバーでは英語詞で唄われている。オリジナルとセルフカバー、「両方ご試聴されたかたが『やっぱり本家へ戻りたい』と感じて下さるなら、それが一番です」と言うのだ。私だったらこう表現する、というのを遺憾なく発揮するのではなく、あくまでも提供したあなたのためのものなのです、というこの姿勢が何ともプロフェッショナルだし椎名林檎らしい絶妙なさじ加減ではないか。(上野三樹)
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