ユニコーン“Sadness”前編

ユニコーン“Sadness”前編

前回の続き。

“Sadness”は、元々ユニコーンの曲ではなく、奥田民生がユニコーンの前にやっていたバンド、Readyの曲だという話です。

以前もあちこちに書いたことがあるが、僕は広島出身で、奥田民生の3つ年下で、いわゆる後輩のようなものだった。
当時、というのは1980年代中盤頃だが、広島駅前にSUZUYAというレンタルスタジオがあり、地元のバンドにいちゃんのたまり場になっていた。で、僕もそこにたまっていた。
そもそも、高1の3学期にSUZUYAに練習に行って、そのSUZUYAのオーナーがギターであり奥田民生当時19歳がボーカル&ギターであったバンド、Readyを知り、ライブに行ったらえらいよくて大ファンになり、すべてのライブを追っかけているうちに面識ができ、いつの間にか機材を運んだりチケットを売ったり、ライブで売るデモテープのダビングを手伝ったり、要はパシリになっていったのでした。

Readyは、最初は、子供ばんどとアースシェイカーのコピー半分、オリジナル半分くらいから始まり、だんだんオリジナルが増えていき、それに伴って動員が増えたり神戸までツアーに行くようになったりしていたものの、全曲がオリジナルになる頃には、解散することになってしまった。
たぶん、正味2年くらいしか活動していないと思う。すごく悲しかったのを憶えています。

で。解散が決まってから書いたのか、決まる前に書いたのかは知らないが、Readyが最後に作ったオリジナルであり、解散ライブでのみ、つまり1回だけ人前で演奏した曲が、“Sadness”だったのです。

のちにユニコーンの1st『BOOM』に収録されたものとは、アレンジはもちろん、歌詞も違っていた。
「一瞬のシャングリラのように すぎてゆく時を止められない」という歌いだしは、「一瞬の出来事のように すぎてゆく時を止められない」だったし、「思い出せば少しは 忘れられるSadness」というサビは、「そばにいれば少しは 忘れられるSadness」だった。

今、書いてて自分で思った。気持ち悪ぅ。
なんでそんな、歌詞まで細かく憶えているのか。民生本人は絶対憶えてないと思う。
その解散ライブをテープに録って、何度も聴いていたから憶えてるんだと思いますが。

とにかく、最初の“Sadness”は、ユニコーン・バージョンよりも、もっとこう、「終わり」とか「別れ」みたいなニュアンスの強い歌詞だった。
そう、まさに“すばらしい日々”のように。

奥田民生というソングライターは、バンドが終わる時、最後に、そういう「終わりの歌」を書くという習性があるのかもしれません。

次回に続く。
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