℃-ute@武道館を観て思ったこと

℃-ute@武道館を観て思ったこと

乱暴に言ってしまうならば、℃-uteとは個の力だ。
個性のパワーと磨き上げられたスキル、そして豊富な経験を持った5つの眩しい個と、その総量に圧倒される体験、それが℃-uteのライヴだ。
アイドルのライヴに行って、その眩しさとメンバー全員の塊感、迫力に圧倒されるということはよくあるが、それをあくまで5通りの個のパワーでやる、あくまで5人が持ち得る個性と個人力で圧倒してみせる、という、本当の意味で「強い」アイドルはぼくが知る限り℃-uteだけだ。
この完璧に磨き上げられた個人の力には、単純なユニゾンやハンパなシンクロ感などでは到底太刀打ちできない。
たとえば、歌がへたでもダンスにリズム感がなくても魅力を発揮できるのがアイドルというジャンルの公正性であり、面白さだが、しかし、一方でやはりアイドルというのはどこまでいっても「歌い合い」であり、「踊り合い」なのだということを℃-uteの強さは思い出させる。
℃-uteが時にアスリートのように見えるのは、団体主義的な思考に逃げずに、ひとりひとりが誰にも似ていず、また似せようともせず、それぞれに独自のスキルを磨き、ひたすらにひたむきに実力を高め続けるというかたちでアイドルの道をまっとうしているからだと思う。

前段が長くなったが、この日はそんな℃-uteの最高のステージだった。
鈴木愛理も話していたが、メンバーの離脱を3度も経験してきた℃-uteはピンチのたびに強くなってきた。
ピンチに向き合うたびにひとりひとりが実力を高め、その圧倒的な力を無二の個性として10年間をサバイヴしてきた℃-uteはそのガチンコの勝ち方ゆえに孤高に映るのだと思う。
アスリートを思わせるストイックさで約2時間を駆け抜けていくその姿がこれだけ涙を誘うのは、誰にも負けないその実力が、苦難が多かった彼女たちにとっての唯一の寄りどころであり、支えだったからなのではないか。
ステージに立ち続けるために、誰より強くならなくてはいけなかった。
この日のパフォーマンスからは、そんな5人の物語が伝わってくるような思いがした。

彼女たち自身の歴史はもちろん、長年彼女たちを応援してきたファンこそを祝福するような、本当に感動的なライヴだった。
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