今年の前半は傑作続出! 今週は待望のチャンス・ザ・ラッパー新作登場。必聴!

今年の前半は傑作続出! 今週は待望のチャンス・ザ・ラッパー新作登場。必聴! - pic by AKEMI NAKAMURApic by AKEMI NAKAMURA

待望のチャンス・ザ・ラッパーの新作ミックステープ、『Coloring Book』がようやく出た。これがすでに傑作と大騒ぎになっている。

ローリング・ストーン誌も「チャンス・ザ・ラッパーのゴスペル/ラップ・アルバムは傑作」と早速レヴューを発表し、「ゴスペルが強烈な背骨にある今作は、アメリカにおけるブラック・ミュージックの起源にまでさかのぼりながらも、アフリカン・アメリカン・ミュージックを再構築し、2016年に最も切迫したサウンドとして響くアルバムを完成させた」と。

「アフリカン・アメリカン・ミュージックの起源にまでさかのぼる作品」と言ったら、去年発売されたケンドリック・ラマーの傑作『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』もそうだ。チャンスは、カニエ・ウェストの“ゴスペル・アルバム”、『ザ・ライフ・オブ・パブロ』の中で最もゴスペル色が強い“ウルトラライト・ビーム”で、肝となるようなラップを披露しているが、彼は元々ゴスペル/ソウル色の強い作品を出しているアーティスト。今作はゴスペルも含め、ブラック・ミュージックの結晶といえるようなぶっ飛ぶくらい素晴らしい内容となった。去年のチャンスのアルバム、『Surf』も素晴らしかったのだけど、余裕でそれを抜く作品と言えると思う。今回はチャンスの23歳の才能が溢れまくっている。

「俺はフリー(ただ)で歌わない。俺はフリーダムのために歌うんだ」と始まる今作は、一瞬にしてフリーダムのために闘い、またフリーダムを願って祝福するゴスペル教会へとリスナーを連れていくのだが、アルバム全体を通すと、ゴスペルのみならず、ソウル、ドゥーワップ、ジャズなど、アフリカン・アメリカンの歴史を象徴する作品になっている。しかも、『Surf』を一緒に作ったダニー・トランペットに始まり、コモン、カニエ・ウェスト、リル・ウェインにジャスティン・ビーバー、カーク・フランクリンなど多数のアーティストが参加している。この多さはビヨンセの新作『レモネード』をも彷彿とさせるが、これはアルバム自体のメッセージを発信するにあたり、ひとりではなく、「我々は今団結する必要があるのだ」というコミュニティの意識を象徴するためだったのではないかと思う。

シングル“Blessings”のTVライヴ映像はこちら。

チャンスは今回のアルバムの中で、過去の作品から続く個人の成長物語を描きながらも、音楽産業への不信や、自分の子供がこれから育っていく世界への懸念などを歌っている。今作でこのテーマを表現するにあたり素晴らしい点は、様々なサウンドを交差させながらも、つまるところ、人間の声、ハーモニーとメロディが最も重要なものとして使われているところ。そこが正にゴスペル・アルバムと言われる所以なのだと思う。そして、その声が精神を高揚させてくれるようなポジティヴなサウンドとして昇華されているところがスゴい。

こちらで新作のサンプルが聴ける。
http://chanceraps.com/

「俺達にあるのは音楽だけ」とチャンスは歌っている。今作は闘いのアルバムであるにもかかわらず、祝福が感じられるところも、ケンドリックの新作『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』に似ている。ケンドリックの“Alight”も、ここ数年相次いで起きている悲劇、黒人が不当に警察に殺されるという時代において、「俺達は大丈夫なんだ」とポジティヴなメッセージを発していたので、それと同じなのだと思う。チャンスの出身地であるシカゴは銃による犯罪が問題になり続け、去年1年間だけでなんと3000人が殺害されている。オバマも銃規制を訴えるスピーチの中で、シカゴのストリートで起きている銃犯罪についてコメントしたほどだった。今年は4月21日までになんと1008人も死亡、とさらに悪化しているのだ。

アノーニのレヴューにも書いたが、アメリカの大統領候補選においてドナルド・トランプが当初の予想をはるかに上回り、共和党候補指名争いで首位という結果になっている。これは、ソーシャル・メディアを通じて彼の行動や発言などの“パフォーマンス”が広がり、それ自体がエンターテイメントになってしまうというソーシャル・メディアの発達が最悪の形で出ている時代であることを物語っている。そんな時に、アーティスト達が団結して、ソーシャル・メディアで広がるような作られたものではなく、真のパフォーマンスとは、アートとは何かなのかを証明しようとしているようにも思える。チャンスやケンドリックのように、ここまで強靭な声となって響くような作品を作らないと、TwitterとSnapchatの狭間に埋もれてしまうという危機感もあるのかもしれない。

ちなみに、チャンスの作品は発売と同時に、なんと半日で61万ツイートされたという。
http://hiphopdx.com/news/id.38802/title.chance-the-rapper-amasses-nearly-a-million-tweets-for-coloring-book

現在チャンスの新作はアップル・ミュージックで独占ストリーミング/ダウンロードされている。アップル・ミュージックは2週間先行で、その後どこでも聴けるようになるという。

というわけで、ここ数週間強烈な作品が多すぎて消化しきれないという贅沢な状況になっているが、以下現在までで聴き逃してはいけないと思う作品のチェックリスト。順不同。すでに何か忘れている気もするが。

ビヨンセ『レモネード』
レディオヘッド『ア・ムーン・シェイプト・プール』
チャンス・ザ・ラッパー『Coloring Book』
アノーニ『ヘルプレスネス』
ジェイムス・ブレイク『ザ・カラー・イン・エニシング』
カニエ・ウェスト『ザ・ライフ・オブ・パブロ』
リアーナ『アンチ』

こちらはチャンス・ザ・ラッパーの“Angels”のMV。シカゴの地下鉄の上に乗ったエンジェルを演じている。
中村明美の「ニューヨーク通信」の最新記事
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする