【新春特別コラム】ライターが選ぶ2015年ベスト~高見展の「2015年の忘れ得ぬ曲」 “Really Love” (D'Angelo and The Vanguard)

元旦よりお送りしているRO69新春特別コラム企画、今回は「ライターが選ぶ2015年ベスト」として音楽ライター/翻訳家・高見展のセレクトによる「2015年、忘れ得ぬ一曲」をお届けします。数ある名曲から選出されたのは、3月に再来日も決定しているディアンジェロのこの曲!

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◆ディアンジェロ・アンド・ザ・ヴァンガード “Really Love”
【新春特別コラム】ライターが選ぶ2015年ベスト~高見展の「2015年の忘れ得ぬ曲」 “Really Love” (D'Angelo and The Vanguard)

14年ぶりの新作となった『ブラック・メサイア』の内容も、サマーソニックでの来日公演のパフォーマンスも、あまりに破格の内容となったディアンジェロだが、新作とライヴのどちらにおいてもとりわけ素晴らしかったのは“Really Love”で、昨年聴いた楽曲の中でも突出して感銘を受けた曲になった。とはいえ、今回の『ブラック・メサイア』は初めてディアンジェロが政治的な視点をも打ち出したことで高い評価を得ている作品だし、そうした意味では“The Charade”や“1000 Deaths”などといった楽曲の方が画期的だともいえるだろう。実際、このアルバム全体にもアフリカ系アメリカ人として今を生きることの意味を問うテーマが投げかけられていたため、ファーガソンでの警官による黒人青年射殺事件が全米で大きな抗議運動を湧き立たせた際、ディアンジェロはこのアルバムの仕上げを早急に済ませてリリースを突如前倒しにした経緯も潜っているのだ。

しかし、重要なのはこのアルバムがコンセプチュアルなものではまったくなくて、どこまでもパーソナルなエモーションと認識を作品化した労作になっているということだ。たとえば、“The Charade”ではアフリカ系アメリカ人が社会の制度として常に自尊心を貶められることを強いられているとディアンジェロは端的に糾弾しているわけだが、しかし、それは決して上段から問題提起していくようなものにはなっていない。むしろ14年かけて作り出した今回の斬新かつどこまでも有機的なファンク・サウンドに乗せることで、その問いかけはまるで個人的なものとなってしまうのだ。実際、このアルバムで歌われているのはすべてそうしたパーソナルな問題で、政治でも、“1000 Deaths”で描かれる戦争と社会的な対立構造でも、あるいは愛でも、すべてがディアンジェロという個人をフィルターにしたパーソナルな表現となっているのだ。

その一方で“Really Love”ではほとんど相手にすがるような愛の告白が歌われている。実は同じく愛を歌った“Sugah Daddy”では、どこまでも相手を抱擁していく形の愛が歌われている。それは極端に偏った性格を持った相手を自分はどこまでも寛容に受け入れて愛していきたいという、ある意味ではどこか上から目線のような相手への気持ちが歌われる曲になっている。

一方、“Really Love”の冒頭の厳かなストリングスのイントロでは、支配者として自分を所有しようとする男への抵抗感と拒絶が女の口から表明されるが、それと同時に女は相手をそれでも愛していると告げる。これに対して続くディアンジェロのこの愛のファンク・バラードはひたすら自分がいかに相手を愛しているかということを切々と訴え、だから自分のことも愛してほしいとただせがむものとなっていて、“Sugah Daddy”とはまったく立場と視点が逆転してしまった心情が綴られるのだ。

つまり、実はこうしたごく個人的に思えるテーマでも、視点や視座が徹底的に入れ替えられて大局的に作品が練り上げられていることがよくわかるわけで、ひいては“The Charade”や“1000 Deaths”における政治性もただ意気込んで書かれたわけでなく、こうした複眼的なアプローチで立体的に書き上げられたことがわかってくるのだ。そうした意味で、一見男がただひたすらに愛を囁きかけるだけに思えるこの“Really Love”はあまりにも重要な曲なのだ。今回のアルバムの持つ意味と性格をすべて解き明かす楽曲でありつつ、実際の演奏に触れると、その情感とファンクの独特なグルーヴを前にただ魅入られてしまう。聴いていると極めてパーソナルであるだけでなく、実は大局的で、普遍的でもあるということを直感的にわからせてくれるという意味で稀に見る名曲だとわかってくるし、先の“Sugah Daddy”との関係をよく考えてみると、このアルバムのさまざまなテーマとその構造や成り立ちにまで考えが及ぶきっかけにもなるのだ。ただ、実際の音に触れてしまうとただひたすらに切なくなってしまうところが空恐ろしくさえあり、ディアンジェロの今の境地をも思い知らされるところでもあるのだ。(高見展)
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