現在発売中のロッキング・オン1月号では、トラヴィス・スコットの来日公演レポートを掲載しています。
以下、本記事の冒頭部分より。
文=つやちゃん
11月8日、埼玉/ベルーナドーム。開演時刻を2時間以上過ぎても、まだトラヴィス・スコットは姿を見せない。しかし観客は、むしろその空気を楽しんでいるようだった。2時間の遅延が事前にアナウンスされていたということもあるが、往年のラップヒット曲が流れるDJにあわせて踊り狂う人、自撮りにいそしむ人、そもそも遅れてのんびり会場に来る人——皆が思い思いの時間を過ごしている。
管理された大型興行では通常、遅延はストレスの種になる。だがこの夜、会場にはただひとつの前提が共有されていたように思う。ここでは、ヒップホップという文化の下で「自由に遊んでいい」ということ。予定調和も規律も、そこでは意味を失っていた。この空気こそが、どこか息苦しさが充満する時代におけるヒップホップの持つ効力である。
期待のボルテージが高まる中、いよいよ時は来た。火花とともに突然イントロが鳴り響き、トラヴィスが姿を現す。“ハイエナ”でショーが始まった。ステージ上の彼は、ラップの細部を整えた正確なパフォーマンスというより、エネルギーそのものを観客にぶつけてくるようなスタイルだ。時折笑顔を見せ、観客のカメラに近づき、ステージへファンを招き入れ、抱き合い、モッシュを煽る。起伏のあるセットを動き回り、高いところと低いところを行ったり来たりして変化を生む。続く“サンク・ゴッド”では娘のストーミが登場し、観客は大歓声。そこからは“Type Shit”などが披露され、ドーム全体のエネルギーが炎の演出とも相まって大きく燃え上がっていく。近年のヒップホップアクトのライブに顕著だが、トラヴィスにとってこのショウは、言葉を届けること、物語を語ることだけにとどまらない。それよりも、自らと観客の身体を同期させ、世界観へ誘い込む体験操作なのである。古典的なラッパー像が言語のアーティストだとすれば、トラヴィスは空間と身体のアーティストだ。日本のスタジアムという巨大な容器に、彼はその世界観を押し広げ、観客を巻き込んでいく。(以下、本誌記事へ続く)
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