ペール・ウェーヴスは、同じ音楽学校に通っていたヘザー・バロン・グレイシー(Vo・G)と、キアラ・ドラン(Dr)が2014年に結成したバンド。後に、ヒューゴ・シルヴァーニ(G)、チャーリー・ウッド(B)が加わり、現在のラインアップとなる。アイホールを濃く深く縁取るシャドウ、禍々しささえ感じさせるマットに塗りつぶしたリップ──ヘザーとキアラのメイクやファッションは、UKのパンク〜ポストパンクの重要な要素のひとつであるゴスのイメージを、とても現代的にスタイリッシュに受け継いでいる。影響を受けたアーティストにザ・キュアーを挙げていることからも、そのメイクの理由とサウンドを推し測ることができるだろう。
2017年2月に、レーベルメイトであるThe 1975のマシュー・ヒーリーとジョージ・ダニエルがプロデュースしたデビュー・シングル『There’s A Honey』、同年8月には2ndシングル『Television Romance』をリリースすると、Spotifyの「最優秀インディー・リスト2017」に選出され、翌年のNMEアワードでは「最優秀新人賞」を獲得するなど、評価はうなぎ上りに。今年5月にデビューEP『All the Things I Never Said-EP』をリリースすると、日本でも多くのリスナーがペール・ウェーヴスの名を口にし始め、ネクストブレイクの大本命として期待と注目を集めることとなった。アルバムリリース前のバンドが、サマソニのマウンテン・ステージ(東京)で、観客を後方までぎっしり埋めたというのも異例のことだったと思う。そしてついに満を持しての1stアルバム『マイ・マインド・メイクス・ノイジーズ』リリースである。
ペール・ウェーヴスの音楽性を一言で表すとしたら、ゴス×ポップ、ということになるのだろうけれど、アルバムがこれほどまでに突き抜けたポップネスに貫かれた作品になるとは、驚きもありつつ、先のサマソニのステージで、新人らしからぬ破格のスケール感やジャンルの嗜好を問わず多くのリスナーを惹きつける演奏を体感した後だったこともあり、この「開かれた」感じは大いに納得だった。とはいえ、自身の不安定な感情を歌にした“Noises”や、切ない喪失感を歌う “When Did I Lose It All”など、歌詞は、その痛みがストレートに伝わるような内省的なものが目を引く。ヘザー自身も今作を「自分の内面をさらけ出した、パーソナルで大切な作品」と語っているように、聴き込むほどにポップの糖衣の奥にあるほろ苦さを感じるのだ。
内面で膨れ上がる行き場のない思いを、美しいシンセポップに昇華した“She”、うまくいかない恋をキャッチーなポップソングにのせて歌う“One More Time”──ヘザー自身の中にある切実な感情は、歌詞だけでなく歌声にもにじむ。揺らぎのある倍音豊かな歌声は、痛みや喜びが複雑に混じり合う感情が表れている。そのナイーヴさ、キュートさ、そしてダークさが多重に折り重なるような歌声は、性別こそ違えど、どこかロバート・スミスを彷彿とさせるし、“Red”や“Kiss”のサウンドは、キュアーへのラブとリスペクトに溢れている。特に“Kiss”のギターやベースのサウンド、メロディなどは、“Just Like Heaven”直系と言ってもいいくらい。
ペール・ウェーヴスのそんなポップ感覚は、ヘザーが描く心の痛みやネガティブな感情をマイルドに包み込むようでいながら、実はより切実に浮かび上がらせていく。圧巻なのはアルバムのラストを飾る“Karl(I Wonder What It’s Like To Die)”。アコースティックギターの響きと幻想的な歌声が、どこか異界から響いてくるようで、誰もが心を鷲掴みにされるだろう。こんなに悲しく愛に溢れた歌をシンプルな伴奏のみで歌いあげるヘザーの表現力は本当に底知れないと思う。そして、彼女がためらわずに自分の感情を強く歌に込めて表現できるのは、キアラをはじめ、バンドメンバーとの結束があってこそだ。4人は全員、手首や手の甲の近くに、小さな黒いハートのタトゥーを入れている。ペール・ウェーヴスの4人が奏でる、美しくてしなやかでエモーショナルなバンドサウンドを、ぜひ今作でじっくり味わってみてほしい。(杉浦美恵)
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