今年9月、UKアルバム・チャート1位の座を巡って熾烈な争いを繰り広げたのがデクラン・マッケンナの『ゼロス』と、ザ・ローリング・ストーンズの『山羊の頭のスープ』のリイシューだった。結果は約800枚の僅差でストーンズが1位を制し、デクランは惜しくも2位だった。
もちろん、彼のデビュー・アルバム『ホワット・ドゥ・ユー・シンク・アバウト・ザ・カー?』(2017)が初登場11位だったことを思えば、2位でも大飛躍&大健闘には違いない。それでもデクランと同世代のアーティスト勢、インディ・ロック・メディア、そしてUKの若きロック・ファンたちはこぞってデクランに肩入れし、「惜しい!」と悔しがった。
ストーンズとデクランのデッドヒートにこれほど大きな注目が集まったのは、それが2020年のUKインディ・ロックの現在地を示す、あまりにも象徴的な出来事だったからだろう。
何しろ70代のレジェンド・ロック・バンドのリイシュー作と、UKロックのこれからを背負って立つ21歳のインディ・プリンスの新作の対決だったのだ。そこに多くのリスナーが旧世代と新世代の対比、UKロックの世代間闘争の意味合いを感じ取ったことは想像に難くない。
『ゼロス』はデクランがシンガー・ソングライター色の強かった前作から一転、ロック・バンド的なライブ感を活かしたサウンドメイクを目指した一作で、皮肉なことに(?)彼は同作のバンド・アプローチにおいて70年代のロック・サウンドを理想としてオマージュしていた。
当然そこにはデヴィッド・ボウイらと並んで『山羊の頭のスープ』(1973)を作った当時のストーンズも含まれていたはずだ。ちなみにチャート・バトル中には煽りとリスペクトを兼ねたこんな写真もアップしていたデクランです。
デクラン・マッケンナの『ゼロス』が全英2位に立ったことは、UKロックの世代間闘争だけではなく、もちろんUKロックの希望を象徴するものでもある。そして同作で目覚ましい飛躍を遂げたデクラン以外にも、近年のUKシーンにギター・ロックの復調の機運を感じ取っていたリスナーは少なくないはずだ。
ウルフ・アリス、アイドルズ(祝・最新作全英1位!)らの活躍や、シェイムやファット・ホワイト・ファミリーらを生んだサウス・ロンドンのバンド・シーンの活性化、ルイス・キャパルディやサム・フェンダーなど、ギター・サウンドを軸にしたシンガー・ソングライターの台頭と、UKギター・ロック復調の兆しは数年前から徐々に顕在化していたわけだが、特にその立役者となったのが新世代の才能だ。
例えば今年のBBCの新人リスト「Sound of 2020」では、いわゆるギター・ロック、バンド・ミュージックをやっているニューカマーがなんと10組中5組と半数を占めていた。昨年の「Sound of 2019」ではわずか1組だったことを思えば、近年稀にみるUKロック活況の予感がそこにあったことがご理解いただけるはずだ。
UKロックの復調を牽引した新世代の才能という意味で、デクランと並んで大きな結果を残したのがスポーツ・チームだ。彼らが今年6月にリリースしたデビュー・アルバム『ディープ・ダウン・ハッピー』は『ゼロス』同様に全英初登場2位を記録。
「(ポスト・パンク+ブリットポップ)×ケンブリッジ大学仕込みの英国流サーカズム」からなるスポーツ・チームのサウンドは、ほんの数年前なら時代遅れのレッテルを貼られてもおかしくなかったはずのものだが、彼らの圧倒的に若いファンにとっては一周して新鮮に聴こえるものだったということだろう。
ちなみに90年代半ば以降に生まれたスポーツ・チームやデクランは、いわゆるZ世代と呼ばれるジェネレーションだ。つまりビリー・アイリッシュと同世代の彼らが、UKギター・ロックの未来を担おうとしているのだ。
2000年生まれで現在20歳のビーバドゥービーは、まさに英国のZ世代を象徴するニューカマーだ。先週ついにリリースされた待望のデビュー・アルバム『フェイク・イット・フラワーズ』は、紛うことなきギター・アルバムであり、2020年のインディ・ロックを代表する傑作となるのは間違いない。
ロッキング・オン最新号のインタビューでも語られているとおり、ビーバドゥービーことビー・クリスティはエリオット・スミスやペイヴメントら、90年代のオルタナティブ・ロックから大きな影響を受けているアーティストだ。
あの時代のグランジやシューゲイズ、ドリーム・ポップが2020年の彼女たちのブルーな日常と当たり前に溶け合ったビーバドゥービーの音楽を聴いていると、「ギター・ロックは時代遅れ」という考え方自体がすでに時代遅れだということに気づかされる。
ビーバドゥービーのようなZ世代は、2010年代に本格的に音楽にコミットし始めた世代だ。R&B、ヒップホップがポップ・ミュージックの基礎としてプリセットされた耳を持ち、最初からSpotifyで音楽を聴き始め、後にレコードやカセットを知り、アナログなものに対する愛着を育てていった彼女たちにとって、ギター・ロックは前提ではなくむしろ「発見」であり、能動的に選び取ったものだ。
ちなみにビー・クリスティはアコギで曲作りを始め、今も全ての曲をギターで作っている。初めて手にした楽器がウクレレだったのはビリー・アイリッシュだが、彼女がフェンダーと組んでウクレレを発売したのも、象徴的な出来事だった。アコギやウクレレがラップトップの横に置かれているZ世代のベッドルームの風景がそこに想起されるからだ。
UKロックの未来を担うZ世代の筆頭として挙げるべきは、やはりヤングブラッドだろう。彼が突出しているのはエモやポップ・パンクはもちろんのこと、グランジにラップメタル、グラム・ギターにスカ・ビート、ヒップホップにUKガラージ、さらにはオアシスやビートルズのメロディ・センスまで、ジャンルレスにもほどがある無節操なミクスチャー・サウンドの点においてだ。
そのサウンドの間口の広さ、というかガバガバさのお陰かコラボレーターも多種多様で、ブリング・ミー・ザ・ホライズンからイマジン・ドラゴンズ、マシン・ガン・ケリーにマシュメロ、ホールジーに至るまで錚々たるビッグネームが名を連ねている。普段のヤングブラッドことドミニク・ハリソンは思いっきり訛ったノース・カントリー・ボーイだが、その訛りに似合わず既にUKの若手としては異例のアメリカでも成功を収めているのも、彼がUKロックの弱点であるローカリズムとは無縁のモダン・ロックをやっているからだろう。
そんなヤングブラッドがUKロックの救世主と呼ぶにふさわしい最大の理由は、前述のごった煮でカオスなサウンドとは裏腹に、彼が一貫してオールドスクールなロックへの信仰を持ったアーティストであることに起因している。「2020年代のロックンロール・スターになりたい」と語るドミニクは、ぶっ壊れた自身の人生をロックンロールによって救われ、負け犬である自分たちの世代をロックンロールの連帯によって救おうとしている稀有な存在だ。
そう、かつて多くの思春期がそうやって救われたように。彼はデクラン・マッケンナ同様に、ポリティカルなメッセージの表明を恐れないアーティストでもある。ミニ・スカートやドレスを積極的に身につけ、グラマラスなメイクを好むジェンダー・ニュートラルなスタンスもまた、Z世代の自由と決起を担う自負を感じさせる。11月にリリースを控える待望のセカンド・アルバム『ウィアード!』は、UK/USをひっくるめた2020年のロック・シーンの台風の目となるはずだ。
ただし、仮にヤングブラッドの『ウィアード!』が大ブレイクしたとしても、かつてのようにUKロックがムーブメント化することはないだろう。若くして自分のテイスト、価値観を理解し、互いに尊重しながら緩い連帯を生んでいくZ世代らしく、それぞれが自分を表現するのに相応しい音楽をやっていて、いい意味でバラバラなのがUKインディ・シーンの若手の特徴だからだ。
ジョイ・ディヴィジョンとニュー・オーダーが同時に存在する世界観をいきなり鳴らすティーン・バンドのWorking Men‘s Clubや、ローキーなフォークから一気にオルタナ・ロック色を増したセカンド・アルバム『BREACH』をぜひビーバドゥービーやソーリーのファンにオススメしたいFenne Lily、まだ17歳の驚異のマルチ・プレイヤーAlfie Templeman等々、先が楽しみな若手が大勢いるので、ぜひあなたのフェイバリット・アクトを見つけてほしい。
最後にご紹介するArlo Parksは、ここまでの話とは直接関係がない新人だ。ビリー・アイリッシュとも比較されるメロウな声の持ち主である彼女はいわゆるインディR&B系のアーティストだが、フランク・オーシャンと並んでコクトー・ツインズからも大きな影響を受けたと語る、まさにビリー同様のZ世代のクロスオーバー感覚を体現した20歳でもある。
そんな、かつてその名も“Super Sad Generation”でZ世代の哀歌を紡いでみせたArloが、レディオヘッドの“Creep”をカバーしていることは特筆すべきだろう。ジャンルとしての復権とスピリットの浸透、UKロックはふたつのルートで新しい命を宿そうとしていると言えるかもしれない。(粉川しの)
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