女神の素顔

フローレンス・アンド・ザ・マシーン『ハイ・アズ・ホープ』
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ALBUM
フローレンス・アンド・ザ・マシーン ハイ・アズ・ホープ

約3年ぶりの新作となる本作が全英初登場2位、米ビルボードでも初登場2位を記録し、またもや破格の実力と人気を証明したフローレンス・アンド・ザ・マシーン。フローレンス・ウェルチ率いるFATMは現在、ロック・フェスでヘッドライナーを張れる数少ないUKの女性ボーカルのバンドであり、ポップ・フィールドで十分な成功を収めつつも、例えばアデルのような歌姫と比較するとずっとインディでオルタナ寄りのポジションに立つ唯一無二の存在でもある。しかも彼女たちのポップ×インディ・サウンドは、トレンディなエレクトロやR&Bとの安易な掛け合わせからは程遠い、ゴスやバロック、クラシックをも含む極めてエクレクティックなもの。そのユニークな立ち位置ゆえに、日本ではなかなか適正な評価とセールスが実現しないジレンマもあるわけだが。

ちなみにFATMをデビュー当時から熱心に追っているファンならば、彼女たちのサウンドの変遷がアルバム・ジャケットのビジュアルの変化とリンクしていることに気づいていると思う。豪華に劇的に作り込まれていた『ラングス』、『セレモニアルズ』のアートワーク同様に、やはりそのサウンドも初期2作はデコラティブで、素顔のまま『ロード・オブ・リング』や『ゲーム・オブ・スローンズ』に出演できそうな典雅でシアトリカルな佇まいも含めて、ケイト・ブッシュやスージー・スー、スティーヴィー・ニックスとも比較されるフローレンス・ウェルチのイメージはこの初期2作で確立されたと言える。そしてそんなイメージに最初の変化が訪れたのが前作『ハウ・ビッグ、ハウ・ブルー、ハウ・ビューティフル』だった。フローレンスが真正面からこちらを睨みつけるモノクロ写真のアートワークから伝わる彼女の体温が、そのままサウンドにも乗り移ったように、ゴスペルやソウルの生音を活かした過去最もダイレクトな作品だったからだ。

では、通算4作目となるこの『ハイ・アズ・ホープ』はどうか。淡いベージュ・ピンクのドレスを纏ったフローレンスは、どこか傷ついたような表情で、哀しみの滲む瞳でこちらを窺っている。そして今回のジャケット・ビジュアルのイメージは、またしてもサウンドと直結している。本作は前作以上に剥き出しで生身の一枚、そしてフローレンスが自身の弱さや脆さも包み隠さず歌に託しているという意味で、「繊細かつ果敢」とでも称するべき、未だかつてない境地に達しているアルバムなのだ。

本作でフローレンスは初めてプロデュースに自ら名前を連ねている。ポール・エプワースやジェームズ・フォードをブレーンに迎え、豊潤なアイデアに満ちた音を追い求めていた以前のアルバムとは真逆に、本作のプロダクションはバンド史上最もミニマル、そしてその代わり、選び抜かれた音のひとつひとつに彼女のこだわりが刻印されている。歌詞の面でも極めてパーソナルな内容になっており、セルフ・プロデュースは本作の必然だったということなのだろう。

自らの思春期の摂食障害を告白する“ハンガー”は、怯む自らを鼓舞していくフローレンスのファルセットを、ピアノのソリッドな連打が下支えしていく。本曲はトバイアス・ジェッソ・Jr.スフィアン・スティーヴンスらとの仕事で知られるトーマス・バートレットも曲作りに参加している。そんな“ハンガー”から一転、呪詛のごとき低音ボーカルが地を這う“ビッグ・ゴッド”は、本作で最もモノトーン、水墨画のようなエレクトロニカのニュアンスを感じさせる曲だが、ザ・エックスエックスのジェイミーとの共作だと知って納得だ。一方、ジャジーなピアノとベースがフローレンスの内省とダイアローグを成す“グレース”は、トバイアスに加えてサンファもソングライティングに参加している。

ジェイミーにせよトバイアスにせよ、彼らはフローレンスのアートに意匠を加えるのではなく、彼女の内なる声が恐れや痛みを引き受けて、扉を開け放ち、響き渡るための手助けに徹している。そう、本作は極めてパーソナルだが、内に閉じたアルバムではない。ペダル・スティールとハープが孤独に陰る頰を柔らかく撫ぜていく“スカイ・フル・オブ・ソング”や、家族の死のトラウマを体現した寂寥のピアノと、そこからの再生を象徴する荘厳なカンタータのような和声が呼応する“ジ・エンド・オブ・ラヴ”といい、最終的には夜明けの光を感じさせる作品になっているのだ。フローレンスのボーカルはかつてないほど情緒不安定に揺れ動き、それがどこまでもリアルで美しい。勇ましい芸術の女神から、傷つきやすいひとりの女性へ。フローレンス・ウェルチのゼロ地点が刻まれた本作は、改めて彼女と出会うチャンスなのかもしれない。(粉川しの)



『ハイ・アズ・ホープ』の詳細はUNIVERSAL MUSICの公式サイトよりご確認下さい。

フローレンス・アンド・ザ・マシーン『ハイ・アズ・ホープ』のディスク・レビューは現在発売中の「ロッキング・オン」9月号に掲載中です。
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フローレンス・アンド・ザ・マシーン ハイ・アズ・ホープ - 『rockin'on』2018年9月号『rockin'on』2018年9月号
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