こんな時だからこそ、ディランは動いた

ボブ・ディラン『最も卑劣な殺人』
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ボブ・ディラン 最も卑劣な殺人

現代最高の小説家スティーヴン・キングの『11/22/63』は、数多い傑作の中でもキング自身の不運な交通事故以後を代表する大々傑作だ。雑に紹介すれば、タイム・トラベラーとなった主人公が63年11月22日、テキサス州ダラスにおけるケネディ大統領暗殺を止めようとする物語で、幾重にも仕掛けられたサブ・エピソードやトラップの数々がみごと回収されていく筆さばきは読書の快感そのもの。また執筆中もハード・ロックを鳴らす人だけに音楽ネタも豊富で、50年代末からの情景を描き出すのも音楽ファンにはたまらない。

キングが言うには、この小説、構想40年だそう。ボブ・ディランが突然出した新曲“最も卑劣な殺人(Murder Most Foul)”を聴いて思い出したのがこれで、もちろんディランも読んだと確信するが、いずれにせよノーベル文学賞受賞者と、アメリカを代表する人気作家に共通のテーマ、そしてひとつの時代の象徴がケネディ大統領暗殺事件なのだ。

射殺実行犯としてリー・ハーヴェイ・オズワルドが逮捕されるが、その2日後、地元の酒場のオーナー、ジャック・ルビーによって射殺。そこから単独犯、陰謀説が激しく絡まり、オリバー・ストーン監督は映画『JFK』(91年)でマフィアやCIA、FBIが絡んだ陰謀説を繰り広げるなど近代アメリカ最大の謎でもある。シェイクスピアの『ハムレット』からタイトルをとった17分にも及ぶディランの曲は、初の全米シングル・チャート1位となったが、3週間後、今度は詩人ホイットマンの詩集をもとに“アイ・コンテイン・マルチチュード”を出し驚かせた。ウィリアム・ブレイクやストーンズ、ベートーヴェンやショパンなどの名が入り乱れ、《私は多くを含んだ人間》と締めくくる曲は前曲の追伸にも響き、新型コロナウイルス禍の猛烈な嵐の中、創作の剣を振るう姿が見えてくる。

“最も卑劣な殺人”で彼がテーマとしたのは、この事件が象徴する時代であり、同時代人として歩んできた人々への問いかけである。ダラスでの惨劇を伝える冒頭に始まり、上下の少ないメロディ、抑揚を抑えたボーカル、バッキングで進められるが、淡々とした装いと違って内から興奮が上がってくるのは、歌詞に、連想するイメージや暗喩、皮肉の刃、ユーモアが入念に仕込まれているからだ。ビートルズザ・フーのナンバーにひっかけたわかりやすいロック・ネタもあればトラッド、ブルース、ゴスペル、ジャズなどの古典ナンバーや映画のタイトル、事件にまつわる地名、人名が出てきたりと、ディランらしい博覧強記ぶりが自由自在に紡がれ、浮かび上がってくるのがあの時代だ。

単にケネディを英雄視したり犯人捜し、告発とも一定の距離を置くことでリアルにあの時代が自在に動きだす。ラジオからフィフス・ディメンション(“輝く星座/レット・ザ・サンシャイン・イン”」)やニーナ・シモン~アニマルズ(“悲しき願い”)の曲が流れだす時代。余談だが、先日の『One World〜』でビリー・アイリッシュが取り上げた66年のヒット“サニー”は、作者ボビー・ヘブがケネディ暗殺と、翌日、兄が強盗に殺されるというふたつの事件の傷心を癒やすために作ったとも言われているが、そんな時代が生々しく呼吸しだす。

最高なのがヴァース4の冒頭、《Wha’t s new, pussycat? What’d I say?》で、“Wha’t s new, pussycat?”は英コメディ映画のタイトルで、主題歌をトム・ジョーンズが歌ってヒットさせたが、邦題が“何かいいことないか子猫チャン”。そして“What’d I say?”はレイ・チャールズの59年の大ヒットで、ソウルとポップスの橋渡しとなった重要な曲。こんな曲の特徴やヒットの性格もまったく違うものが同居する時代をディラン流に切り取る大胆なイマジネイションの飛躍は、スリリングな刺激となって突き刺さってくる。

これまでケネディ暗殺事件を題材とした一番有名な曲はローリング・ストーンズの“悪魔を憐れむ歌”で、そこでミックは《Who killed the Kennedys?》と問い、それは「あなた方と私だった」と歌っている。ディランもまた、ケネディが持った希望や前進への思いが踏みにじられる流れを自分たち世代の負いと受け止め、人々に、今一度振り返ることを求めたのだろう。それは現在のアメリカが抱えている問題につながるし、さらに後半、シェイクスピアの戯曲『ベニスの商人』が出てくるが、ここで連想されたのはヴィスコンティの映画『ベニスに死す』で、映画の舞台はコレラに襲われる都市ベニスであり、明らかに現在のパンデミックが重ねられる。

こうしてディランはタイム・トラベラーとして時代を結びつけてみせた。これをどう受け止め、解釈するかの答えは、例によって風に吹かれている。 (大鷹俊一)



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