言葉にならない喪失と孤独のリアルな記録

スフィアン・スティーヴンス『CONVOCATIONS』
発売中
ALBUM
スフィアン・スティーヴンス CONVOCATIONS

「ギターは手にできなかったんだ。ボタンを押したり、つまみを回すことしかできなかった」とアメリカのラジオでスフィアン・スティーヴンスが答えていた。『ジ・アセンション』からわずか1年足らずで5章から成るインスト作『Convocations』を完成させた。その直前にブライアン・イーノについて言及していた理由が分かるアンビエントな作品だ。

しかし悲しいのは『ジ・アセンション』の発売から2日後にお父さんが亡くなったことがきっかけで作られたということ。しかもコロナ禍で病院に入れず、「直接さよならを言えなかった」と話しているのを聞いて胸が締め付けられる思いだった。その想像を絶する悲しみと対峙するための5段階――「瞑想」、「哀歌」、「啓示」、「祭事」、「呪文」――として今作は作られた。

彼はこれまでも実験的なインスト作を作ってきたのでこの企画自体は驚きではなかったが、興味深いのは、母が亡くなった時は『キャリー・アンド・ローウェル』で対照的に彼をより象徴するフォーク・アルバムを作ったこと。スフィアンの人生においてほとんど不在だった母の思い出を彼が得意とするアコギのファンタジーを交えながら記憶の中で再構築しなくてはいけなかったのだと思う。しかし「このアルバムには言葉がないし、物語もない。サウンドとムードとサウンドスケープがあるだけだ。でも、それが今の僕の心境なんだ。つまり、僕は言葉を失ってしまった。周りで起きたことにどう反応すればいいのか分からなかった」と語っていた。

結果、今作は彼のキャリアの中でも最もパーソナルかつ生々しいエモーションが記録されたものとなった。そもそもアルバムの1曲目は、スフィアンが本当に最初に書いた曲で、ここに収録されている順番に作られた。つまり、喪に服し、孤独と悲しみと対峙するエモーショナルな旅路を、そのまま焼き付けた非常に貴重かつ大胆で野心的な作品なのだ。

「瞑想」は想像以上に壮大で自然の風景が浮かび上がるような、映画のような作品。シンセサイザーには温もりがあり、ハーモニーも奏で、この世界観に招き入れている。しかし「哀歌」で一転。DIYのSF世界に浸かってしまったような果てしない暗黒世界が展開する。ただ「啓示」に辿り着くとより色彩を帯びゴージャスとすら言える喜びと光が降り注ぐ。思っていた以上にスフィアンらしい聴き慣れたメロディも聴こえてくる。「祭事」では新世界が広がり、新鮮なアレンジを取り入れながらも冷静に不安を直視するようなアンビエント・サウンドに覆われる。最後の「呪文」ではピアノやストリングスを交えながらよりリアルに孤独に対峙するようだ。

明暗を繰り返しながらも、スフィアンは、この旅の終わりに簡単に希望を見出してはいない。アートワークの円が象徴するように、色や形は変わるが、人の孤独や悲しみは永遠だと語りかけている気がするのだ。でも、それを受け入れることである種の平和は訪れる。期せずして、コロナ禍でトラウマを抱えた我々も、このサウンドに浸ることで何かを超越する宗教的とすら言えるエモーショナルな体験をスフィアンと共有できる。(中村明美)



ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』7月号に掲載中です。
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スフィアン・スティーヴンス CONVOCATIONS - 『rockin'on』2021年7月号『rockin'on』2021年7月号

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