パティ・スミス @ ビルボードライブ東京

パティ・スミス @ ビルボードライブ東京 - All pics by Yoshie TominagaAll pics by Yoshie Tominaga
ライヴの直前、僕にとって大切な音楽家の急死の報を聞いた。その衝撃と動揺のままパティ・スミスのライヴを観て、この文を書いている。ライヴ評というよりは感想文に近いものになりそうだが、滅多にないことなので、ご容赦いただきたい。

重苦しい気分のまま、遅い開演時間を迎える。パティの娘ジェシー・スミスと、チベット出身の音楽家、テンジン・チョーギャルのデュオが前座で登場。上の空のままで聴いていると、テンジンのスピリチュアルなヴォーカルが自然にカラダに染みこんできた。ジェシーの控えめなピアノとヴォーカルが、テンジンの伸びやかな歌と静かに調和して、シンプルだが優しく美しい世界を形作っていく。僕は徐々に自分の気持ちがほぐれ、こわばった心が少し溶けだしたことを感じた。

ジェシーとテンジンのデュオは早々に終わり、間を置かず今度はジェシー、レニー・ケイ、そしてパティが登場した。飾らぬにこやかな表情で手を振るパティ。何度か取材したときの懐の深い優しさが思い出される。歌い出したのは“Dancing Barefoot”だ。僕の一番好きなアルバム『ウエイヴ』でも、とりわけ印象的な、パティの優しさが溢れた曲。『ゴーン・アゲイン』から“Wing”、そしてファースト・アルバムから、これは意外だった“Redondo Beach”をはさみ、アレン・ギンズバーグの『HOWL』を朗読。そして歌い始めたのがプリンスの“When Doves Cry”だった。胸をギュッと掴まれたような気になった。

パティ・スミス @ ビルボードライブ東京
パティ・スミス @ ビルボードライブ東京
考えてみればパティもまた、大事な人たちを何人も失ってきた人である。かつての恋人ロバート・メイプルソープ、元メンバーのリチャード・ソウル、夫のフレッド・スミス、弟のトッド・スミスと、自分の命よりも大切だと思えた人たちが、彼女の前から次々と去っていった。

だが彼女の素晴らしいところは、その悲しみや辛さや苦しみを、生きる力に変え、より強く、ポジティヴになったことだろう。つらくて厳しい時期であっても投げやりにならず前向きに生きてれば、いつかいいことがある、という確信が彼女を支え、もうすぐ70歳になるという彼女をここまで連れてきた。

彼女はその後もモハメド・アリ、エイミー・ワインハウス、そしてフレッド・スミスへの言葉を語り、彼らのために歌をうたった。アレン・ギンズバーグと合わせれば、ライヴの1/3以上が死者へのトリビュートだった。こんなライヴをやる人はほかにいない。それは過去へのノスタルジーではない。彼女は彼らからさまざまな人生の真実を学び、その魂を受け継いだ。いわば彼女は死者から神聖な負債を負っている。それはひとりでは返しきれないほど大きな負債だから、次の世代に渡さねばらないのだ。

パティ・スミス @ ビルボードライブ東京
パティ・スミス @ ビルボードライブ東京
アンコールは“People Have The Power”。復帰後の彼女のポジティヴな姿勢を物語る名曲だ。彼女は観客と共にうたう。

「私たちが夢見ることのすべては、私たちが団結することで実現できる/私たちは世界を変えられる/私たちは力を持っている/人々は力を持っている」

ギリギリの土俵際に追い込まれても、自分たちの力を信じる。たとえどんなに辛く悲しいことがあっても、生きるエネルギーを持ち続ける。その大切さ。

ライヴが終わり、会場の外に出る。否応なく、変わらぬ現実に引き戻される。だが、ライヴが始まる前とあとでは、ほんの少し気持ちが軽くなっていた気がする。それがきっと、音楽の役割なのだ。(小野島大)
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