“Black Tambourine”のコーラスには空間系エフェクトが噛まされ、『カラーズ』の幻想的に塗り重ねられた歌声を彷彿とさせる。“Think I’m In Love”のアウトロではドナ・サマー“I Feel Love”を思わせるシンセフレーズが差し込まれ、恍惚のディスコ感を助長していった。ホーンサウンドはサンプラーによるものだが、この華やかでダンサブルなパフォーマンスには欠かせないエレメントだろう。ご機嫌にハンドマイクで煽り立ててラップするベックは、「来てくれてありがとう。本当に久しぶりの東京だね」と告げる。中盤のハイライトは、日本でライブ初公開となる“Wow”。このサイケデリックなコーラスが折り重なるヒップホップ・チューンで、ベックはオーディエンスの歌声を誘う。大会場に映える素晴らしいナンバーだと、あらためて痛感させられた。“Wow”の真価はライブにあると言ってもいい。ベックのポップ・スターとしての佇まいが、以前よりも遥かに堂々と目に映る。それは、オーセンティックなロックギターを掻き鳴らす“Soul of a Man”や“Go It Alone”にしても、またアコギに持ち替えて繊細で美しいメロディを紡ぐ“Lost Cause”や“Blue Moon”にしても同様であった。
グランジ旋風がカート・コバーンの死という悲劇によって幕を閉じたとき、絶望の淵でガラクタを掻き集めながらルーツ・ミュージックの豊かな広がりに接続するベックの奇妙な創造性は、新たな希望として持て囃された。ベックがポップ・スターとして自身を意識し始めたのは『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』の頃だろう。ギラギラとしたイミテーション・ファンクを鳴らし歌いながら、しかしステージ上の彼は「この人たちはなんでこんなに騒いでいるんだろう?」と、どこか狐に抓まれたような、鳩が豆鉄砲を食らったような目をして、他人事のように遠くを見据えていたように思う。ポップなビートが効いた社交的な作品と、繊細で内省的な作品をリリースし、自我のバランスを保っているようにも感じられていた。ところが、繊細な傑作『モーニング・フェイズ』が絶賛される中で、彼はあらためて「ポップ・スターとしてのベック」を再確認しようと思ったのではないか。マイケル・ジャクソンもデヴィッド・ボウイもプリンスもいない世界で、そんなポップ・スターたちの息遣いを永遠に伝える名盤のような記録を残さなければならない。ポップ・ミュージックの求心力や訴求力を守らなければならない。長期に渡る『カラーズ』の制作にベックを駆り立てていた執念は、恐らくそういうものだろう。
本編後半、練り込まれたソングライティングとカラフルなダンス性ががっちり手を取り合う“Colors”や“Dreams”は完璧にライブのクライマックスを担い、15回ほどもコーラスが書き直されたという“Up All Night”がスタンディング制のアリーナを波打たせる。考え過ぎるぐらいに考え抜いて、この即効性の高いポップに辿り着いたことは余りにもベックらしいし、頭が下がるというより他にない。そこから駄目押しとばかりに繋ぐ“Loser”は、もはや卑怯と言いたくなるほどに最高であった。白いジャケットとハットに着替えて“Strawberry Fields Forever”の歌い出しから始まるアンコールは“Where It’s At”。メンバー紹介と共に今回も繰り広げられるメドレーが、シック“Good Times”のベースラインに始まり、「ジェイソンは初めての武道館だよ!」と紹介されたジェイソン・フォークナー(10/30にソロ公演も行われる)は、ギターを奏でながらなんと彼自身がサポートしたこともあるチープ・トリックの“Surrender”を1コーラス歌った。つまり『チープ・トリックat武道館』である。感涙モノのサービス精神だ。また、ギターにコーラスにと活躍したThe B-53’sの面々は、揃ってトーキング・ヘッズをカバーする。キーボードのロジャー・ジョセフ・マニング・Jr.がゲイリー・ニューマンのヒット“Cars”のイントロを浮遊感たっぷりに披露した後、ベックは「ロック・ショーと言えばドラム・ソロだよね!」と熱演を促し、そして“One Foot in the Grave”のブルース・ハープを熱く吹き鳴らしてはコール&レスポンスを巻き起こす。最後には再び“Where It’s At”のセッションに戻って華麗にフィニッシュである。まるで往年のブルース・スプリングスティーンかクイーンの如き、メドレーの熱狂。《I got two turntables and a microphone》。ガラクタを掻き集めていた奇妙な発明家は今、ワン&オンリーのポップ・スターになった。本日の新木場スタジオコーストでは、何を見せてくれるのだろうか。(小池宏和)
〈SET LIST〉
1. Devils Haircut
2. Nausea
3. Black Tambourine
4. Think I’m In Love
5. The New Pollution
6. Qué Onda Güero
7. Wow
8. Mixed Bizness
9. Soul of a Man
10. Go It Alone
11. Lost Cause
12. Blue Moon
13. Girl
14. Colors
15. Dreams
16. Up All Night
17. Loser
18. E-Pro
(encore)
19. Where It’s At
20. One Foot in the Grave