●セットリスト
01. マリーゴールド
02. 愛を伝えたいだとか
03. わかってない
04. 満月の夜なら
05. 風のささやき
06. 恋をしたから
07. ○○ちゃん
08. ハルノヒ
09. 貴方解剖純愛歌 ~死ね~
10. 憧れてきたんだ
11. 今夜このまま
12. ふたりの世界
13. どうせ死ぬなら
14. GOOD NIGHT BABY
15. いつまでも
16. 生きていたんだよな
17. 1995
18. 君はロックを聴かない
あいみょんの初めての日本武道館ワンマンは、彼女の歌とギターの音だけが会場を満たす弾き語りでのスタイルだった。弾き語りこそがあいみょんの「原点」。デビュー前、彼女は大阪の梅田で、そして東京の渋谷で、路上ライブを行ってきた。その路上が武道館まで続いていたことを自分自身が確かめるような濃密な夜だった。センターに円形のステージが設えられ、そのステージを360度、観客が取り囲む。ステージ中央は回転するようになっていて、数曲ごとにあいみょんは向きを変えて演奏していく。それ以外には、特別に凝ったセットがあるわけでもなく、派手な演出があるわけでもなく、まさしく歌とギターが100%ピュアな形で届けられる。その様には「路上」の延長に今日があることを実感する。だからこそ、あいみょんは記念すべき「初」の武道館公演に、「弾き語り」というスタイルを選んだのだ。
この日のオープニングナンバーは“マリーゴールド”だった。バンド編成では、あの切ないエレクトリックギターのイントロが印象的だけれど、この日のあいみょんは、すぅっと大きく息を吸い込むと、まずサビの部分を一節、柔らかい歌声で歌う。会場からは大きな歓声。きっと多くの人が弾き語りで聴くのを楽しみにしていたであろう“マリーゴールド”を、1曲目にもってくるのも心憎い。そして“愛を伝えたいだとか”と、序盤からシングルのヒット曲を連発。剥き出しの歌とギターだけで奏でるそれらの楽曲は、そのメロディの豊かさと「生」のエネルギーを文字通り360度の全方向に放射する。「初めての武道館なので初めてのことに挑戦してみようと思います」と言って、会場中に手拍子を促すと、そのリズムを自身の楽曲のビートにするように、“満月の夜なら”へ。おそらく数年前の路上では起こすことすらままならなかったであろうハンドクラップも、この日はあいみょんが求める以上の強さで響いていく。あいみょんはこの日の武道館を本当に楽しんでいた。何度も客席を見回しては「こんなによく見えるもんかね」とつぶやいたり、「ほんま、みんなの顔見えてるもん」としみじみ口にする。
「西宮で生まれ、去年まで武道館がどこにあるかも知らなかったけど、去年、銀杏BOYZを観に初めてここに来て、自分も『ここに立てたらいいな』って思ってました。そして2ヶ月前に、『武道館やる?』って言われて突然決まって、その短期間でみんなが集まってくれたのがすごい」と、自分のここまでの道のりを改めて振り返る場面もあった。中学時代からの親友が、この日観に来てくれていることにも触れ、その彼女に向けて作った“◯◯ちゃん”を披露。さらに、「『クレヨンしんちゃん』の映画の主題歌をやることになったんです」と報告し、「『しんちゃん』からはいろんなことを教えてもらったの」と、幼い頃に観た『しんちゃん』の映画(『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』)がきっかけで、岡本太郎の存在やベッツイ&クリス、吉田拓郎の曲に出会ったこと、そんな大好きな『しんちゃん』の歌を書く喜びを語り、「野原一家への恩返しという思いで作った」という“ハルノヒ”を初披露。「なんでもかんでも初めてって緊張するね」と言いながらも、あたたかな眼差しで描かれた歌が会場を幸せな空気で満たしていく。
そんな最新曲の初披露のあとは、まさに路上の「原点」へと立ち返る歌へ。「18か19の時から梅田で路上ライブを始めて、渋谷のTSUTAYA前の路上でもやってて、それが2年前。持ち曲も全然なかったけど、この曲を歌うとみんなが集まってきてくれました」、「この曲を弾き語ってきてよかったなと思います」と言って、“貴方解剖純愛歌~死ね~”へ。緊張からか出だしの歌詞を間違う一幕もありながら、「急ぎ足で、先に目ん玉をくりぬいてしまいました。解剖の順番はまず腕でしたね」と笑いを誘って堂々とやり直す姿には、路上での経験が息づいているような気もした。
前半を終えてしばしの休憩タイムの後、後半がスタート。“憧れてきたんだ”は、改めてのあいみょんの「音楽」への思いを歌詞に込めたような歌。挨拶代わりの一曲。ハイトーンの力強さと響きの良さに引き込まれる。最新アルバムからの“GOOD NIGHT BABY”はこれから先もあいみょんの定番曲になりそうな予感を感じさせる楽曲で、自然にハンドクラップも起こり、全員がその声に聴き入る。さらに“いつまでも”へと続くと、またもや歌詞を間違えるアクシデント発生。しかしここでも、慌てることなく(内心では慌てていたのかもしれないけれど)、ギターはそのまま奏でながら、粋な口上のように楽曲に込めた思いを語る。「ゴッホにはなりたくない。生きてるうちにたくさん評価されたい」と、その気持ちを口にして、リカバリーで再び楽曲へとナチュラルに入っていった。素晴らしい。
“生きていたんだよな”のマイナー調の重いギターイントロを強いストロークでかき鳴らすと、ステージは赤い照明に包まれ、上部のスクリーンには歌詞が映し出されていく。デビュー曲となったこの楽曲は、弾き語りでの演奏で聴くと、よりリアルに「生と死」との間にある葛藤や逡巡が浮かび上がってくるようで、人間、あいみょんの偽りなく現実を見つめる視線を感じさせる。心が震えた。メジャーデビューというもうひとつの「原点」を見せた後は、あいみょんという人間の「原点」にまでさかのぼる。この日のライブのタイトルにもつけられている「1995」は、あいみょんが生まれた年。「母が私を産み落としてくれた年。原点はお腹の中から始まったんかと思う」と語り、「そして弾き語りは私の原点やなと思うので、それを結び付けられたらと思っていた」と、この日に至るまでの2ヶ月間に、「特別なことをしたい」という思いから、“1995”という新曲を作ってきたことを告げる。母親に向けての歌詞がとても感動的だった。
最後の“君はロックを聴かない”を演奏し終えると、「私に一番の特等席をありがとうございました!」と言葉にした。「この360度の景色を『独り占めしていいよ』と言ってくれた、ここに立つまで一緒にいてくれたマネージャーを呼んでもいいですか?」と語りかけると、女性マネージャーがステージへと呼び込まれる。もうあいみょんの目からは涙が止まらずに溢れる。マネージャーと2人でここまで歩んできた道のりをかみしめるかのような万感のハグ。最後は「路上ライブからこんなところまで連れてきてくれてありがとうございました」と観客に向かって叫び、何度もお辞儀をしては、客席の風景を目に焼き付けるかのようにして見ながら、ステージを後にした。
自分が大切にしている「原点」とは何なのか。あいみょん自身が自分に問いかけ、その答えを噛み締めるような、そんなライブでもあった。そしてその「原点」を思い返せば、必ずそこに大切な誰かがいて、それは母親であり、家族であり、親友であり、路上時代を知るマネージャーであり、デビューにあたってのスタッフであり、そして、この日かけつけたファン、あるいは惜しくも足を運ぶことができなかったリスナーであり──。だからこの日は、あいみょんにとっての新たな「原点」が生まれたことを一緒に目撃し、確認するような日でもあった。その感動的な夜に立ち会えたことを幸運に思う。(杉浦美恵)
終演後ブログ