山下達郎/ライブ映像配信『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』

山下達郎/ライブ映像配信『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』 - Photo by 菊地英二 @「氣志團万博2017」2017年9月17日Photo by 菊地英二 @「氣志團万博2017」2017年9月17日

●セットリスト
OPENING

・京都「拾得」 2018年3月17日
01. ターナーの汽罐車
02. あまく危険な香り
03. 砂の女
04. 希望という名の光
05. SINCE I FELL FOR YOU
06. WHAT'S GOING ON

・「氣志團万博2017」2017年9月17日
07. ハイティーン・ブギ
08. SPARKLE
09. BOMBER
10. 硝子の少年
11. アトムの子 *竹内まりやコーラス参加
12. 恋のブギ・ウギ・トレイン *竹内まりやコーラス参加
13. さよなら夏の日

・「PERFORMANCE 1986」
14. SO MUCH IN LOVE (@郡山市民文化センター 1986年10月9日)
15. プラスティック・ラブ (@中野サンプラザホール 1986年7月31日)

CLOSING(THAT’S MY DESIRE)


シュガー・ベイブ時代から数えて、今年メジャーデビュー45周年を迎えている山下達郎が、その長いキャリアで初となるライブ映像配信『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』を行なった。多くのアーティストが、自宅で楽しめるコンテンツを提供するために様々なアイデアを絞り出してくれる今日ではあるけれども、山下達郎のライブ映像となるとちょっと事情が違う。

そもそも、彼のディスコグラフィにはライブ映像作品が存在しない。ライブ映像を劇場公開したことはあるが、自身の楽曲をテレビの音楽番組などで披露することもまずない。無数の人が山下達郎の名曲の数々を知っているのに、ライブの現場に足を運ばない限り「動いて、歌って、演奏している山下達郎」を目の当たりにすることはできないのである。今回の「氣志團万博2017」出演映像では、氣志團團長・綾小路翔が恒例の煽りビデオで「実在するのか? 山下達郎!」と告げていたが、これはジョークと本気が半々といったところだろう。つまり、山下達郎のライブ映像配信は事件なのである。果たして、『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』とは何だったのか、配信を振り返りながら考えてみたい。

山下達郎/ライブ映像配信『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』 - Photo by 濵田志野 @京都「拾得」 2018年3月17日Photo by 濵田志野 @京都「拾得」 2018年3月17日

映像はまず、2018年3月に京都で行われたアコースティックライブの模様からスタートした。近年、山下達郎は全国ツアーの合間にこうしたライブを行なっているが、この2020年には新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために各地公演が中止となったため、楽しみにしていたファンへの配慮という意味もあるのだろう。山下達郎(Vo・G)、難波弘之(Key)、伊藤広規(B)によるトリオ編成で、1991年のシングル曲“ターナーの汽罐車”が切り出される。のだが、その瞬間に今回のライブ映像配信の意図を半分ぐらいは理解してしまった。背筋がピンと伸びるほど、恐ろしく音質が良いのである。蒸気に巻かれる機関車の名画と悲しい恋物語が、音楽の湿度において重なり、ありありと胸に迫る。

動画配信サービス「MUSIC/SLASH」のこけら落とし配信にもなった今回のライブだが、山下達郎がその音質とセキュリティに信頼を寄せて実現したというコメントにも頷ける。“あまく危険な香り”で踊り出すギターのカッティングリフ、そして3人の豊かで厚みのある音像に至るまで、ウェブブラウザ越しであることを忘れてしまうような音と映像の臨場感だ。鈴木茂“砂の女”やマーヴィン・ゲイ“WHAT’S GOING ON”など、独自の解釈で披露するカバーも素晴らしい。

山下達郎/ライブ映像配信『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』 - Photo by 濵田志野 @京都「拾得」 2018年3月17日Photo by 濵田志野 @京都「拾得」 2018年3月17日

続いては「シミズオクト Presents 氣志團万博2017 ~房総与太郎爆音マシマシ、ロックンロールチョモランマ~ Supported by イオン銀行」出演時のフルセット映像。台風接近中という生憎の天候だが、大所帯バンドでなんと近藤真彦に提供した“ハイティーン・ブギ”に始まり、気合漲る“SPARKLE”の後には「台風なんぼのもんじゃい!! 雨風上等です!!」と言ってのける完全なツッパリモード。2010年代、山下達郎は「RISING SUN ROCK FESTIVAL」や「SWEET LOVE SHOWER」などの大型夏フェスにも出演してきたが、「フェス仕様の山下達郎」とはつまり、必ずしも自身のファンではない不特定多数に向き合う意味で「ライブ映像配信の山下達郎」と地続きになっているのではないか。爆裂ファンキーな“BOMBER”からシームレスに傾れ込む“硝子の少年”(Kinki Kidsへの提供曲)という大サービスは、サプライズ感とお宝感の盛り合わせのようなものである。

とりわけ感動的だったのは、竹内まりやもコーラス隊に加わった“アトムの子”だ。眩く膨らむシンセサウンドに包まれ、“アンパンマンのマーチ”の一節までが盛り込まれる。『アンパンマン』のやなせたかし(2013年に逝去)による作詞“アンパンマンのマーチ”は、東日本大震災ののち、被災地へのエールとしてラジオ各局で頻繁にエアプレイされることにもなった経緯がある。手塚治虫へのトリビュートとして制作された“アトムの子”と“アンパンマンのマーチ”。漫画の巨匠たちがヒーローに託した思いを繋ぎ合わせ、山下達郎はメドレーとして歌ってきた。それは、コロナ禍に苛まれる今の我々の胸にも熱く響くパフォーマンスと言えるのではないだろうか。

ステージ狭しと練り歩き、ワイヤレスで鮮やかなギターを弾き倒す“恋のブギ・ウギ・トレイン”を経て、最後まで艶やかな歌声のまま届けられたのは“さよなら夏の日”だ。配信の音質の素晴らしさも手伝って、歌の一節一節が五臓六腑に染み渡る思いがする。《雨に濡れながら/僕等は大人になって行くよ》という歌詞は、雨の「氣志團万博」に嵌りすぎであった。雨天の野外ライブがスペシャルな体験となるのは、たとえばこんな歌を聴いたときだろう。

山下達郎/ライブ映像配信『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』 - Photo by 菊地英二 @「氣志團万博2017」2017年9月17日Photo by 菊地英二 @「氣志團万博2017」2017年9月17日

さらに、1986年のツアー映像から2曲が盛り込まれる今回のライブ映像。個人的に思い入れのあるシンガーソングライターの故・CINDYがコーラスで参加した“SO MUCH IN LOVE”にもグッとさせられたが、驚いたのは竹内まりや“プラスティック・ラブ”のカバーだ。2010年代、YouTubeやSoundCloudなどをプラットホームとしたカルチャーであるヴェイパーウェイブ/フューチャーファンクにおいて、“プラスティック・ラブ”は様々に解釈され全世界に拡散する象徴的なナンバーとなっていた。そこに、本家プロデューサーである山下達郎が「ウチはこうだぞ」とライブカバーを投げかけること。なんかワクワク、ゾクゾクとしないか。

『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』は、ただ単にライブアーカイブを公開するという類のものではなかった。これはクオリティも、メッセージも、明らかに山下達郎が「全力で2020年代に挑む」試みだ。コロナ禍は音楽産業に甚大な損失を引き起こしたが、こんなふうに新たな可能性と選択肢を生み出すトリガーにもなっている。もちろん、今後の山下達郎がライブの生配信を行なってくれる可能性にも、期待しないわけにはいかない。(小池宏和)
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