1993年の来日以来実に16年ぶりとなる今回の日本ツアーは、今年2月にポール・サイモンがニューヨークのビーコン・シアターで劇場の新装オープン記念ライブを行ったことがきっかけとなっているそうだ。その時のアンコールにアート・ガーファンクルが登場してサイモン&ガーファンクル(以下S&G)時代の3曲が披露され、その後どういう経緯があったのか、4月にツアーが発表された。6月にはすでにニュージーランドとオーストラリアを回り、7月18日の札幌ドーム公演がこのツアーの最終日となっている。これ以降は現在のところアメリカ本国も含め、S&Gとして公演が行われる予定はない。
というわけで、年齢的なこともあり、今回のツアーが彼らの日本での最後の公演になるのではないかと(わりと大きめの声で)囁かれている。ポール自身も冗談まじりに「まあ最後だろうね」と言っている。そのことと16年ぶりということが重なったのか、今夜の東京ドームの客席はぎっしりと埋めつくされていた。明日土曜日のチケットなどは即日でソールド・アウトしたという話も聞いているし、15日には日本武道館での追加公演も決まっている。
インスト版の“アメリカ”が流れる中、ステージ奥のスクリーンにヒッピーや月面着陸などの時代の映像と交互に映し出されていたS&Gの過去の映像が終わると、ポールとアートが登場。長身痩躯で意気軒昂なアートと、頭ひとつぶん小さい物静かなポールが始めたオープニング曲は、“旧友”だった。これまでに何度も不和を経験してきた彼らがこの曲を1歩ほどの距離で歌う姿は、なんといっても微笑ましい。
2曲目以降は総勢10名のバックバンドが出たり入ったりして構成を変えながら進行する。2人だけでやる曲以外は、だいたい7人くらいでサポートしている。このバックバンドがまた、よく聴いてみると実は非常に多彩なS&Gの楽曲群をうまく引き立てていて、特にアートの隣にいたギタリストのおじさんは曲によって弓を持ってウッド・ベースを弾き、コーラスをやり、テナー・サックスを吹き、“コンドルは飛んで行く”ではあの印象的な竪笛まで奏でるという縦横無尽のやりようでびっくりした。最後のメンバー紹介で判明したのだが、この人はポール・マッカートニーやボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーンとも演奏しているあのマーク・スチュワートなのだそうだ。
曲の間では、アートが日本語で「コンバンハ、トーキョー! …ヤット!」とようやく実現した日本公演をネタにして笑わせる。また、再びスクリーンに過去の2人の映像が映された時には、そこに映画『卒業』のシーンが織り込まれ、アン・バンクロフト演ずるミセス・ロビンソンのアップで映像がフリーズして1969年のグラミー賞受賞曲“ミセス・ロビンソン”(映画のサントラにも使われた)に入るという凝った演出もあった。
S&Gでの演奏が一段落すると、アートとポールがソロで3曲ずつ披露する。アートはステージをポールに引き継ぐときに、「僕の一番古い、一番愛おしい友達です。ポール・サイモン!」と紹介。こういうまっすぐなアートと、ひねくれ者のポール(この人はソロでのインタビューで「最近は前ほど仲が良いとはとても言えないね」と平気で言ったりする人なのだ)の組み合わせは本当にいいなと思う。
彼らのソロ作品も熱心に追っている方が会場にどのくらいの割合いたのか分からないけれど、そうでない人には中南米やアフリカのリズムが多分に取り入れられたポールのソロはかなり異様に聴こえたのではないだろうか。こういう他文化を貪欲にがりがりと咀嚼・吸収しながら野心的かつ高度に完成された楽曲を仕上げるポールの一面――ジョージ・ガーシュウィンやウディ・アレンやボブ・ディランとも同列に並べられそうなシニカルでハイパー・インテレクチュアルなユダヤ系ニューヨーカー(ボブ・ディランをニューヨーカーと言えるかどうかはかなり微妙ですが)としての一面――はそれほど日本には伝わってこない。でも久々の来日公演でそんなソロ・コーナーを設けるあたりはやはりポールらしいという気がした。
本編最後を圧巻の“明日に架ける橋”で締め、2度のアンコールに応えたS&G。彼らの音楽にリアルタイムで触れてきたファンはまるで自分の過去そのものを聴いているような思いをしたのではないだろうか。そしてリアルタイムで聴いてはいない自分のような人間でさえそんな気持ちになるのは、彼らの曲の多くが過ぎ去ったもの、失われたものについて歌っているからかもしれない。今夜の公演もまた、この場に立ち会った人ひとりひとりの慈しむべき新しい過去として思い出されていくことになるのだろう。(高久聡明)
1.旧友〜ブックエンドのテーマ
2.冬の散歩道
3.アイ・アム・ア・ロック
4.アメリカ
5.キャシーの歌
6.ヘイ・スクールガール
7.ビー・バップ・ア・ルーラ(エヴァリー・ブラザーズ)
8.スカボロー・フェア
9.早く家へ帰りたい
10.ミセス・ロビンソン
11.スリップ・スライディン・アウェイ
12.コンドルは飛んでいく
アート・ガーファンクル・ソロ
13.ブライト・アイズ
14.ハート・イン・ニューヨーク
15.パーフェクト・モーメント〜ナウ・アイ・レイ・ミー・ダウン・トゥ・スリープ
ポール・サイモン・ソロ
16.ボーイ・イン・ザ・バブル
17.シューズにダイアモンド
18.時の流れに
19.ニューヨークの少年
20.マイ・リトル・タウン
21.明日に架ける橋
アンコール1
22.サウンド・オブ・サイレンス
23.ボクサー
アンコール2
24.木の葉は緑
25.いとしのセシリア